キ/GM/31-40/32
≪9/11≫
史緒がアメリカへ発って一月後のこと。
阿達家へ遊びに来た蓮蘭々が大声で叫んだ。
「あたしっ、篤志さんに惚れましたっ!」
「…は?」
その台詞を受けた篤志は、突然現れた少女の勢いに呆気にとられている。
僕は蘭の派手な告白に笑った。蘭の声が届いたのか、階下から櫻の笑い声まで聞こえる。
蘭は誰のことも好きと公言してはばからないけど、誰かに「惚れた」というのは初めて聞いた。
───蘭には感謝するべきだろうか。
その瞬間まで、僕は関谷篤志という人間に猜疑心を持っていたから。
いつか、何か自分に不利なことをするんじゃないかと疑っていた。
篤志の狙いはどこにあるのか、いつも見張っていた。何でもないような会話のときも、注意深く言葉を分析していた。
人当たりの良い表情と疑り深さは師の教えだ。僕自身、これは自分の武器だと思っているので変えようとは思わない。
単純に言うなら篤志はいいやつだ。気が利くし、それを相手に意識させない。頭が良く知識の共有も興味深い。
ただ、信用は置けても、信頼を預けるのは容易くはないから。
櫻じゃないけど、篤志が突然、阿達家に出入りするようになったのはどう考えても不自然だ。口にはしなかったけど、それは感じていた。この家とは親戚関係にあってもまったく親交のなかった関谷篤志が、咲子さんの葬儀で初めて顔を合わせ、それ以降、頻繁に出入りするようになった。特に何か特別なことをするわけでなく、史緒や櫻に声をかけて回り、僕の部屋に入り浸っている。
何故、この家に近づくのだろう? 目的が分からない行動は不安材料として付きまとう。
仲良くなるにつれ、(本当に信用していいのか)不安になる。
蘭の告白はそれら不安の大半を吹き飛ばした。
蘭の目に、絶大な信頼を預けていたことに、今、気が付いた。
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