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「そういえばあたしね、天使にあったことあるよ」
 結局、佐久間に奢らせたドリンクを持って2人はカウンターについた。バーテンダーが「あんまりいじめないでやってよ」と言ったが、藤子は「賭け勝負は最後だから」と悪びれもしない。
 その藤子が唐突に発した言葉に史緒は怪訝そうな視線を返した。
「…なにそれ。臨死体験?」
 しかし藤子の話題はあながち唐突というわけでもなかった。店内に今流れている洋楽の歌詞の中で「天使と悪魔」というフレーズが繰り返されていたので、そこから思い出したのだろう。
「ちがーう。街中で見上げたら、ばったりと」
「…」
 史緒は頭を抱えて藤子の台詞を考察するが、うまく説明のつく解答を得られなかった。もしやこれは額面通りに受け取れということだろうか。
「……へーえ」と、適当な相槌でごまかすに留める。
「あ、信じてない」
 さくりと図星を指されて史緒は半ばムキになって訊き返す。
「じゃあ、なに? 背中に羽根があって、頭に輪があったりするわけ?」
「羽根も輪もなかった。んーと、マントみたいな白い服着てて、白い髪ふたつに結んでて、怒ったような顔してた。無茶苦茶、機嫌悪そうだった」
「幽霊じゃないの?」
「あ、そっちなら信じるんだ」
「信じない」
 畳みかける史緒の否定に藤子は思わず吹き出した。
「あんた、もうちょっと頭柔らかくしたほうがいいよ」
「…そういう問題の話じゃないと思うんだけど」



「───でね? この間、おばあちゃんに晴ちゃんを紹介したの。おばあちゃんたら、晴ちゃんに向かって“物好きね”って、───これってどういう意味? あたしが晴ちゃんと付き合うに値しないってこと? まったくもぉ」
「北田さんは何か言ってた?」
「それがさぁ、“同感です”…って」
 史緒は吹き出して笑った。本人が言ってれば世話無い。
「笑い事じゃない!」
「ごめんごめん、…あ、でも、藤子ってお祖母さんいたんだ」
「普通いるでしょ。あと兄ね」
「お兄さん? …へぇ、ちょっと意外」
「史緒は? きょうだい」
「私はひとり」
「嘘」
「なんで」
「絶対、末っ子でしょ?」
「は?」
「基本的に我が侭だし、偏食あるし、面倒見悪そうだし───あぁ、史緒って確か同居人いたよね。面倒見るっていうより見てもらってるでしょ?」
「………。偏食って関係あるの?」
「面倒見云々は否定しないんだ?」
 わざと話を逸らしたところを藤子は容赦なく突いてきた。してやったと人の悪い笑みを見せる。
「あたしが会った人間を見ると、そうだね、上の子は下の子を、食べさせなきゃ、病気させちゃいけない、って意識が自然と働くみたい。畢竟、食べさせる立場の人間は好き嫌いは言えない、と」
 史緒は困ったように笑いだす。
「うちはそれ、多分、同居人が感じてると思う」
「あれ? 史緒の同居人って小さい子じゃなかった?」
「そう、11歳」
「あはは、ずいぶんしっかりしてる子なんだ」



「あ、あたし今日は晴ちゃんのトコ泊まり」
 ふと、思い出したように藤子が言う。
「なんだ。約束あったなら今日はやめても構わなかったのに」
「ううん、押しかけ」
「…あ、そう」
「史緒もいーかげんカレシ作りなよ」
「う〜ん…、いらないなぁ、そういうのは」
「なんで」
「必要ないし」
「そういう問題じゃない!」
 そこで藤子はびしっと指を突きつけた。
「いい? しなくていい経験なんて無いんだよ?」
「…それは、まぁ」
 納得できるようなできないような曖昧な返事を返す。藤子はさらに熱弁を奮った。
「恋愛は駆け引きよ! どんな立派な人間だってその駆け引きを経験してないなら一人前とは認めないわっ」
 かなり無茶な言い分の藤子に史緒は言葉を返せず、ただ見上げる。その藤子は言いたいことを言って気が晴れたのか肩で息を吐き、「まー、それはさておき」と、微笑う。
「好きな人と抱き合うのって、感動するよ。泣いちゃうくらい。…男でも女でもね」
「…そういうもの?」
「試してみる?」
 にんまりと笑いながらスツールを降り掛けるのを見て、史緒は慌てて拒否した。
「いい! いい!」

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