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 店を出るとき、時間はすでに0時を回っていた。にもかかわらず街は相変わらず賑やかだ。2時間前と同じ人通りがそこにはあった。
 史緒は腕時計に目を落とす。
「北田さん家ってどこだっけ?」
「ここからだと、史緒ん家の向こうかな。いいよ、タクシーで帰ろ? 途中で降ろすから」
 現在地は賑やかな通りではあるが大通りではない。タクシーが通ることも無さそうなので2人は駅のほうへ歩き始める。
 そのとき、2人の足を止める呼び声があった。
「こんばんは、お姉サン達」
 藤子と史緒は同時に振り返る。そこには、どこかで見た男が3人立っていた。のらりとした足取りで近づき、取り囲むように立ちふさがる。
「もう用事は終わった?」
 明らかに悪意の見える態度の3人に囲まれても、2人は少しも構えたところを見せない。史緒にいたってはげんなりと溜め息を吐いた。
「…だから、あれは根に持つタイプだって言ったのに」
「責任逃れする気?」
「そういうわけじゃないけど……いたっ」
 手首を掴まれて史緒は悲鳴をあげた。それ以上、声を出さなかったのは彼女のプライドによるものだろう。一応、抵抗を試みたが無駄だと悟り史緒は大人しくする。
「2人とも未成年だろ? 補導されて学校に知れたらマズいんじゃないの。こんな遅くまで遊んでるなんてさ」
「俺達が送ってってやるよ」
 藤子は男の発言を無視して史緒に話しかけた。
「史緒」
「なによ」
「一応訊いておくけど、こいつらに送られたい?」
「冗談やめて」
 呆れたように溜め息をつく。しかしその目は「早くなんとかしろ」と語っていた。他力本願を諫めたいが、適材適所という言葉もある。藤子は苦笑した。
「お兄サン達さ、その子放してよ。───…一応、忠告」
「じゃあ、キミが一緒に来てくれるの?」
「まさか」
 そう言うと藤子は音も無く動いた。前触れ無く男に詰め寄る。その素早さに誰もついていけなかった。
 史緒の腕を掴んでいた男の手首に手を伸ばし軽く握ると、
「…いってぇ!」
 と、男が叫び史緒の腕を放す。「史緒!」藤子の声を聞くまでもなく、史緒は走り出した。藤子がそれを追う。
 汚い言葉を吐いて男達も追いかけてきた。
「まさかこのまま走って逃げるつもり?」
「あんたにスタミナが無いのは分かってる! そこの路地、曲がって」
 藤子の意図が読めて、史緒はそのとおりに狭い路地に駆け込んだ。予想通り…というより期待通りにそこは人気が無く、灯りも少ない。
 後を追ってきた男3人が道を塞いだ。追い詰めたとばかりに薄笑いを浮かべているが走ってきたので男達の肩は上下に揺れていた。同じく、史緒も息が上がっている。今、呼吸が平常なのは藤子だけだった。
「史緒」
 藤子は後ろに下がらせた史緒に振り返らずに呼びかける。
「なに」
「あたし今日、晴ちゃん家に行くのね」
「さっきも聞いた」
「もの凄い、気合い入れて来てるのよ、この恰好」
「だから?」
「大立ち回りするのイヤ。あんたじゃ一対一でしか利かないでしょ? だから、…いい?」
 最初からそのつもりだったくせに、とは史緒は口にしなかった。
「…いいんじゃない? そのほうが誰も怪我しなくて済みそうだし」
「よっしゃ」
 藤子は不敵な笑みを浮かべ、軽快な足取りで数歩退がる。史緒は言われずとも藤子から離れた。
 構えを取る藤子、その慣れた仕草に男達は怯んだようだ。
「な、なんだよ…やんのか!?」
 藤子は右手を掲げてにかっと笑う。その指先が光った。次の瞬間、
 カッ
 硬質な音がして銀色のナイフが壁に刺さる。
 それは左側の男の壁に付いた手───親指と人差し指の間に刺さった。
「───…ッ」
 声も無く冷や汗を掻いた男が藤子を振り返る。
 カッ カッ
 さらに音がして、残る2人の男の足先に突き刺さった。どれも身体まで3センチの位置。「ひ…っ」ひとりが短い悲鳴をあげてその場に座り込む。ときに、実際に攻撃されるより威嚇のほうが恐怖心を煽ることがある。指先に当てられた男は激しく震える手をどうにか壁から離したところだった。
「どいて」
 藤子の冷えた声に男達は後じさる。
 まったく、と藤子は構えを解いて息を吐いた。
「遅れてカレシに嫌われたらどう責任取ってくれんのよ!」

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