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01.12/22(水)22時

 雪が積もったような夜空だった。
 タクシーから降りて史緒は空を仰ぐ。冬の澄んだ夜空に薄く雲が広がっていた。月明かりが透けて雲が明るい、それがまるで雪のように見えた。「…っ」あっという間に体温を奪われて身体がぶるっと震えた。暗い空に、白い息が拡散していった。
 タクシーのドアが閉まる音で視線を戻す。目の前のマンションのエントランスへと足を向けた。─── 一刻前、桐生院由眞から電話があった。こんな夜遅くに呼び出されたのは初めてのことだった。
 部屋の前でインターフォンを押すと、ドアを開けて出てきたのはいつもの由眞の秘書。年齢不詳の可愛らしい女性。そろそろ3年になるが、実は名前も知らない。愛想は良いが余計なことは喋らない人だし、由眞も紹介する気は無いようだった。
「あれ、私が最後?」
 コートを脱いで奥の部屋へ入ると、暖房の効いた空気に包まれて身体がほっとする。部屋の中には由眞と、それから文隆と真琴が待っていた。ふと見ると窓の外が暗い。時間を考えれば当たり前なのだが違和感があった。いつもは昼間に訪れるからだ。
 いつもとは違う時間に呼び出した張本人・桐生院由眞は史緒が落ち着くのを待って切り出した。
「3人とも、夜遅くにごめんなさいね」
 文隆はまったくだと言わんばかりだ。
「仕事ですから」
「仕事っていうか…、お願いがあるのよ」
「帰っていいですか?」
 仕事じゃないなら用は無いだろう、文隆は由眞にいちいち突っかかる癖がある。しかし由眞はそれを相手にせず話を続けた。
「実質的にお願いするのは史緒になると思うわ」
「…なんですか?」
「藤子と連絡が取れないの。───探してきてくれない?」
 その台詞に眉を顰めたのは史緒だけではなかった。何の冗談だと思ったが由眞は真顔だ。
「本当に、帰っていいですか?」
「年末の忙しいときに僕らで遊ばないでください」
「あら、あなたたちの仕事量は把握してるつもりよ。だから、史緒にやってもらうの。史緒のところはものすごく暇だから」
 ものすごくは余計だ。けれど他の2人に比べて時間があるのは事実。だからといって、やることが無いわけでは無いのだが。
「そうなの?」
「ええ…。今年はほとんどが実家に帰るから、仕事を調整してたの」
 真琴と小声で話していたら由眞に睨まれた。
「経費はちゃんと払います。腕試しだとでも思って、藤子をここまで引っぱってきてくれないかしら。2,3日経っても見つからなかったら諦めるから。ついでに、もちろん史緒の評価も落ちるけど」
「國枝藤子もグルですか?」「まさか鬼ごっこでも?」
 文隆と真琴の冷やかしに由眞は小さく笑ってかわす。
「まぁ、そんなところね」
「あのう」史緒は口をはさむ。「連絡が取れないのはいつからですか? 藤子だったら2日前──20日の夕方に会いましたけど」
「どこで?」
「私の事務所です」
「───よく行くの?」
「いえ、はじめて」
 そう答えると由眞はなにやら考え始めた。
「ともかく」文隆が話を切る。「俺はパス。國枝藤子には関わりたくない」
 そして真琴も。
「僕は、國枝はどうでもいいです。ただ余計な仕事は持ち帰りたくありません」
「そう。───じゃあ、史緒」
「……はい」
 どうやら史緒に拒否権は無いらしい。2人に倣って職務放棄というわけにはいかないようだ。
「あなたなら、藤子が寄りそうな場所も判るでしょう? 手腕に期待して、結果を待ってるわ」
「はい」
「私が藤子と最後に連絡を取ったのは昨夜──21日の夜8時よ。こちらのほうが後だったみたいね。…あぁ、それから、後ろの2人に進捗報告すること」
「え?」
「結局、手伝わせるのか」
 由眞はデスクから立ち上がり、窓辺に寄った。
「史緒まで連絡が取れなくなったら困るでしょう。文隆と真琴は史緒の居場所は掴んでおいてちょうだい」
 お願いね、と振り返った顔は、いつもどおり不敵な笑みを浮かべていた。


 誰もいなくなった部屋で、由眞はしばらく考え込んでいた。
 深い溜息を吐く。いくら考えても同じところへ収束するだけだった。
「そう…、史緒のところへ行ったの」
 その事実は、由眞が昨夜から憂えている可能性を80%から95%へ引き上げた。
 現時刻、12月22日午後11時。
 由眞はきつく目を閉じる。
「だめかもしれないわね」
 窓の外は暗い。いつになく、不吉な色だった。


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