キ/GM/41-50/49[1]
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ねぇ、政徳クン。
いいんだよ、そんなの、気にしなくて。
お仕事に一生懸命でいいんだよ? がんばってる政徳クン、かっこいいと思うよ。昔から言っていたことを本当にやって、お仕事として続けていること、尊敬してるの。あたしのために無理に時間作ってくれなくていいの、ジャマするために結婚したんじゃないよ?
え? …んー、他のヒトと結婚させないため、かな?
や、ちがう、そうじゃないの。だって! 政徳クンが他のヒトと結婚しちゃったら、なんか…会うのがむずかしくなる、気がして。
あの、ごめんなさい、あたしからはなにもしてあげられないのに。
今までみたいに、こうやって顔を合わせて、お話してくれるだけで、あたしは幸せだよ。
こんなあたしが、あなたの支えになっているなら、本当に、これ以上のことはないです。
*
双子が産まれて咲子は本当に嬉しそうだった。
出産による体への負担がこれまで以上に入院生活を強いることになる。それを解っていて、周囲からの説得も頑なに拒否して、子供たちが生まれた。
子供たちの成長は目を瞠るほど速く鮮やかで、いつも、何度も驚かされる。顔を見せれば賑やかに駆け寄ってくる元気な男の子たち。咲子に似たのか、いつも明るく笑っていた。
養育を頼んだ真木からの報告書をいつも楽しみにしていた。
いたずらが高じて真木を怒らせたり、喧嘩ばかりして咲子が手を焼いているらしい、それでも仲が良く、健康で、友達がいて、笑っていてくれて。
妹が生まれると喧嘩は止(や)んで、2人して赤ん坊を可愛がっているのだという。
ときどき写真や子供たちからの手紙もあって、仕事中でもつい弛んでしまう表情を梶に注意されたこともあった。笑顔は伝染するものらしい。
子供の成長がこんなにも眩しいものだと初めて知った。
ある春の日。亨が病院に運ばれたという。現場に駆けつけることができたのは夜になってからだった。
「櫻が…?」
あらましを説明してくれたのは真木。咲子はいない。亨に付き添っているらしい。重症、だという。
ベッドの中で丸くなっていた史緒を抱き上げると、体温に縋るように手を伸ばしてきた。泣いているかと思ったがそうではない。引き攣った顔で、酷く震えていた。
事故、なのだろうか。
櫻はもう日が暮れている外にいた。別荘の窓からの明かりを背に、闇の中に散る桜を眺めている。
櫻、と声を掛けるとゆっくりと振り返った。
その目に色は無く、冷めた表情をしていた。政徳の姿を見つけると、すまなそうにそっと笑いかける、口元を作った。
亨が死んだことを、咲子が青い顔で告げる。そして一言、謝罪を口にした。
*
ゆっくりと時間は流れる。
「───最後のおねがい」
「指輪をちょうだい」
「政徳クンがつけていたやつ。土の下まで持っていきたいの」
「おねがい」
時々、咲子の横顔は沈鬱な色を浮かべるようになった。悲しくなるほど細い手を握ると、こちらを向いて笑いかけてくれる。政徳は目を閉じた。
「…酷いな。僕には何を残してくれるんだい?」
「子供達がいるわ、3人も」
「咲子…?」
「政徳クンの指輪はあたしと一緒に眠るけど」
「あたしの指輪、隠したわ」
「タイムカプセルみたいに、ずっと後になって政徳クンのところへ届くから」
「忘れないで。楽しみにしててね」
咲子が他界し、
櫻が海で事故に遭った。
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