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なにがそうさせるのか、教会の中は空気が違う。
高い天井から、光差す白い床。侵しがたい厳かな空間。白い花は飾られているというより、あたりまえのように、そこに在った。
ひとり、中央の通路に立つ新郎。その左右を埋める人々。起立して、誰も口を開かない。──そして背後の扉が開かれた。
拍手。
捕らえられていた大気を解放するように、場は拍手の音で満たされた。
史緒は新婦側の最前列にいた。右側には和子、左側には篤志が座っている。エスコートされてくる新婦を手を鳴らして迎え入れる。
「え」
と、状況をわきまえて小声で、けれど篤志の驚きの声を、史緒は背後に聞いた。
「なんであの人が」
新婦をエスコートしてきたのは新居誠志郎だった。篤志と史緒にとっては祖父、祥子にとっては仕事の取引先だ。
「自分がやるって聞かなかったのよ」
式の準備を手伝っていた史緒は知っていたが、篤志はまったく知らなかったようだ。拍手の中、小声とはいえ、雑談は切り上げて、2人は式の主役へと意識を戻した。
新郎新婦が並び正面を向いたとき、オルガンによる賛美歌がやんだ。ややあって、今度はヴァイオリンとピアノによるやさしい曲が流れ始める。演奏者は、新郎の妹と、その隣りにいた男だった。音量を抑えたやさしい音色が教会の天井に響いた。
ヴァイオリンの旋律が主題を奏で始めると、新郎新婦は自然と見つめ合い、2人にしか解らない黙契の後、そっと目を閉じた。
*
天高く、教会の鐘が鳴る。
石畳にピンクの花が降る。
2人を祝福する大勢の人が、花を降らせていく。
拍手と歓声。それに包まれた2人。
暖かな日射しの中、森林の中に立つ教会は物語の世界のよう。
幸せしか見いだせない光景の中、史緒も心から、2人を祝福した。
史緒は人の集まりから外れ、一人、外を歩く。
ふと振り返ると、朝、ここまで歩いてきた一本道があった。
光と緑に包まれた、どこまでも続いていきそうな道。どこまでも。どこまでも…。
教会を背にしていたので、史緒の視界の中には誰もいない。
その道を前にして、史緒は今ひとりだった。そして。
(──あぁ)
(思い出した)
自然と笑みが浮かぶ。
“彼女”のことを思い出して笑うなんて、ずいぶん久しぶりのことだった。
何年もなかったことだ。
少しだけ涙がにじんだけど、すぐに風で乾いてしまった。
胸から込み上げるものは、口元をゆるませた。
深呼吸をする。胸を満たす大気はとても清々しい。
────ねぇ。
今も、こんな径(みち)を歩いている?
おおきな空の下で風に吹かれている?
幸せになってね
大丈夫。
幸せだよ。
これからもそうあるために努力する。
願ってくれたこと、忘れない。
幸せでいるよ。
私も私の道で、歩いて、耳を澄ますから。
ほんの少しの幸せも、聞き逃さないように。
「史緒さーん、写真撮りますよー!」
「はーい、今、いきまーす」
離れたところから大きく手を振る蘭に、手を振り返す。
史緒は教会のほうへ足を向け歩き出した。
色鮮やかな、花の褥の上を。
GrandMap 完結
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