キ/GM/御園
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「私、心臓に持病があって…あ、いや、発作は数年に一度だし、それ以外は健康そのものなんでアレですけど」
と、依頼人は切り出した。この場合、アレとは何かと尋ねないのが現代用語における嗜みだ。
「三ヶ月前にその発作がきたんです。最悪なことに山手線の中で。───そのときに助けてくれた子がいて、その子を捜してもらいたいんです」
「その方の名前とか電話番号とか、訊きましたか?」
「…いえ」
「でしょうね」
それを知ってればこんな場所に来ないだろう。
「失礼ですが、次に会ったときその方だと判る自信はありますか?」
「えっと、私はあやふやなんですけど…この子が」
そう言って、隣に座る連れに目をやる。
「あ、はい。私、覚えてます」
「あなたは?」
真琴の問いに依頼人のほうが答えた。
「彼女は私の友人で、発作が起きたとき一緒にいたんです。あの子とも話してます」
ふと、違和感をおぼえて真琴は顔を上げる。
「あの子、ってことは、その方はあなたより年下なんですか?」
「…ええ、まあ」
何故か言いにくそうに依頼人はうつむいた。くの、とその連れが横から声をかける。それに促されるように依頼人は顔を上げた。
「あの…これはどこの興信所でも信じてもらえなかったんですけど───その子、10歳前後の女の子なんです!」
「…はい?」
かなり遅れて真琴は訝しげな声を返した。
「本当なんです。なんか…普通の子供じゃないっていうか、くのが倒れたときも、いち早く動いて救急車を呼ぶよう指示したのも、くのを寝かせてくれたのもその子なんです」
「そう! それに心拍数計ったり、私が持ってた薬から病名を当てたりして。そういうことに詳しいみたいでした」
依頼人は勢いに乗ったのか、2人で確認し合うようにその人物像を話し始めた。
「それにもの凄く生意気で、喋り方も命令口調で偉そうで」
「周りの人達も思わず従っちゃうような強引さがあって」
ふつりとデータを打ち込んでいた手を止めて、まりえが眉根を顰めた。
真琴も、いつのまにか腕を組んで下を向いている。
「救急隊員もびっくりしてました。的確かつ正確に状況と病状を説明をしたあの子供は何者だ、って…」
ぴくり、と真琴の肩が揺れた。「…っ」微かに漏れた声のあと、
「あーはっはっはっは」
突然、真琴が大声で笑い出した。腹を抱えて机に伏して、おそらく涙を滲ませているだろう、そんな笑い方だった。声が収まった後も笑いは収まらないらしく、苦しそうな息遣いが室内に響いた。
依頼人2人は呆然とし、まりえは嘆息する。
「所長、失礼ですよ」
まりえの諫言に真琴は震える声を抑え、顔を上げて答えた。
「却下だ。これが笑わずにいられる?」
語尾が震えていた。まだ笑っているようだ。
「あの…っ」依頼人が声を荒げる。「私たち嘘ついてません。本当にそういう子供だったんです」
どこの興信所でも信じて貰えなかった、と彼女らは言った。けれど真琴の場合、信じる信じないは関係無い。そんな少ない情報からでは無理だと進言し依頼を断るつもりだった。ついさっきまでは。
「失礼、お嬢さん方。僕が笑ったのは、そういう意味ではありません」
ようやく息を整え、真琴は依頼人に優しく声をかけた。
「その女の子、20歳くらいの男性が一緒に居たでしょう?」
「…いいえ。連れがいるようには見えませんでした」
「そう? おかしいな、それが一番の特徴なのに」
そのとき、今まで依頼人には声をかけずにいたまりえが口を挟んだ。
「その方が乗車されたのは秋葉原でしょう?」
「さぁ…それはわかりません。でも、そうですね…発作を起こしたのは秋葉原を過ぎてすぐだったから…その可能性はあります」
すると今度は真琴に向かって、
「峰倉薬業の帰路なら、彼がいなくても不思議ではありません」
「なるほど。どう思う?」
「そういう小学生が、2人も存在するとは思えません」
「だよね」
真琴は椅子に背をかけてほくそ笑む。その様子にさすがに感じるものがあったのか依頼人は期待の眼差しをもって訊いた。
「あの、まさかご存じなんですか?」
「───いいえ」
にこやかに笑いながらきっぱりと真琴は否定した。
「さて、どうしようか」
疑問調では無かったが、当然のようにまりえが答えた。
「来いと言われて大人しく来るかどうか疑問があります。仕事だと言っても、まず怪しむでしょうね」
「事情を話したらどうだろう」
「逆効果だと思われます。ご自分の能力を損得考えずに使う方ですけど、面と向かって感謝されることに抵抗を覚えるのではないでしょうか。きっと彼にも誰にも話してないでしょう」
「清々しいまでの自分勝手な自己満足だ。───じゃあ、釣ろう」
「餌が必要になりますわね」
「餌は大人しく来てくれるかな」
「彼に騙ったら長く根に持たれます。けれど、こちらは仕事なら来てくださるでしょう」
「では餌に仕事を頼む」
「異存ありません」
その一連の会話の間、真琴とまりえは一度として目を合わせなかった。どちらもまるで声だけの存在と会話しているように見えた。
続けて真琴は依頼人に向かう。
「君たち、今日、時間ある?」
「え? あ、はい」
「今から───…そうだな、40分後くらいに今回の件に関して重要な意味を成す書類が届きます。その間、待っててもらえませんか。ここじゃ居心地が悪いだろうから、外に出てもらっても構いません」
*
依頼人が出て行った後、真琴はすぐに電話を取った。
「───もしもし、御園です。突然だけど、今日、七瀬くんと島田さんを貸してもらえない? これは正式な依頼だから請求書は後で送ってよ。それとこの間の書類、裁可してくれた? それを七瀬くんたちに届けてもらいたい。…あ、いや、メールでもいいんだけどさ、原紙が必要なんだ。頼んだよ、これは正式な依頼だ」
最後に繰り返したのは、必ず2人で来させるよう含んだものだった。
まりえは冷やかすように言う。
「紙の束が役に立ちましたわね」
真琴は肩をすぼめた。
「そうだね。今度から、礼を尽くしてもう少し真面目にデスクワークに励むとしよう」
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キ/GM/御園