キ/薬姫/壱
≪12/13≫
■ 9.
そろそろカオルも気付いたかな。
アタシたちが、監禁されていたこと。
手首を切るのは楽しかったわ。
死にたかったわけじゃないよ?
体のなか、砂のように積もっていく不快なもの、指先に集めて。
血と一緒に捨てられる気がしたの。
体と心がきれいになって、救われて、アタシは。
また。
朝がきても生きられる。
賢い人間は好きよ。───だから、ヤハギを殺そうって、おもいつかなかった。
その代わり、ずっと。
ずっと考えてたの。
ずっと。ずっと、脳みそが枯れちゃうくらい。
脳みその水分が蒸発して、頭が痛くなって、その痛みさえ遠ざかって、やがて息絶えるまで。
そうなる寸前まで、ずっと考えてた。
死ぬか。逃げるか。
どっちでも構わないよ。
ヤハギのやってることも、別に構わないのよ。
アタシは、他人に、優しいキスもできるし、毒を盛ることもできるよ。
どっちでも構わないの。
ただ、もう。
この場所で眠るのはもう嫌。
空も無くて、風さえも感じないここは嫌い。
囲まれた壁が嫌。
冷たい床が嫌。
どこまでも続く廊下が嫌。
ヤハギと寝るのも嫌。
監視されるのも嫌。
月が見たくて泣いた夜。
狂おしいほど欲した、土の匂い。
息が苦しいの。
叫べないほど。
アタシは武器を持ってたから。
本当は簡単だった。
この絶望に絶えられなくなったら、自分で自分を壊せばいい。
そのための毒も、ナイフも、アタシは持ってた。
でもそれを使うこと、ヤハギは許さなかった。
アタシを縛り付けてた。
死ぬことさえ自由じゃないなんて。
それすら許されないなんて。
アタシを勝手に生んだヒトはアタシを勝手に殺そうとした。
死だけは自由なはずよ。
それすら許されないなんて。
アタシは許せなかった。
ヤハギは嫌いじゃないけど。
カオルは好きだけど。
───でも、ここに居るのは嫌。
我慢できない。
だから考えた。
死ぬか。
逃げるか。
どっちでも構わないよ?
この場所以外の、生と死なら。
どちらでも構わないよ?
だからサイコロを振ったの。
「医王」と「浄瑠璃姫」に。
「死」と「生」を賭けて。
あの日。
ジャンケンに勝ったのはカオルだったから───。
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