/薬姫/壱
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■ 9.

 そろそろカオルも気付いたかな。
 アタシたちが、監禁されていたこと。

 手首を切るのは楽しかったわ。
 死にたかったわけじゃないよ?
 体のなか、砂のように積もっていく不快なもの、指先に集めて。
 血と一緒に捨てられる気がしたの。
 体と心がきれいになって、救われて、アタシは。
 また。
 朝がきても生きられる。

 賢い人間は好きよ。───だから、ヤハギを殺そうって、おもいつかなかった。
 その代わり、ずっと。
 ずっと考えてたの。
 ずっと。ずっと、脳みそが枯れちゃうくらい。
 脳みその水分が蒸発して、頭が痛くなって、その痛みさえ遠ざかって、やがて息絶えるまで。
 そうなる寸前まで、ずっと考えてた。
 死ぬか。逃げるか。
 どっちでも構わないよ。
 ヤハギのやってることも、別に構わないのよ。
 アタシは、他人に、優しいキスもできるし、毒を盛ることもできるよ。
 どっちでも構わないの。
 ただ、もう。
 この場所で眠るのはもう嫌。
 空も無くて、風さえも感じないここは嫌い。
 囲まれた壁が嫌。
 冷たい床が嫌。
 どこまでも続く廊下が嫌。
 ヤハギと寝るのも嫌。
 監視されるのも嫌。
 月が見たくて泣いた夜。
 狂おしいほど欲した、土の匂い。
 息が苦しいの。
 叫べないほど。
 アタシは武器を持ってたから。
 本当は簡単だった。
 この絶望に絶えられなくなったら、自分で自分を壊せばいい。
 そのための毒も、ナイフも、アタシは持ってた。
 でもそれを使うこと、ヤハギは許さなかった。
 アタシを縛り付けてた。
 死ぬことさえ自由じゃないなんて。
 それすら許されないなんて。
 アタシを勝手に生んだヒトはアタシを勝手に殺そうとした。
 死だけは自由なはずよ。
 それすら許されないなんて。
 アタシは許せなかった。
 ヤハギは嫌いじゃないけど。
 カオルは好きだけど。
 ───でも、ここに居るのは嫌。
 我慢できない。
 だから考えた。
 死ぬか。
 逃げるか。

 どっちでも構わないよ?

 この場所以外の、生と死なら。
 どちらでも構わないよ?

 だからサイコロを振ったの。

 「医王」と「浄瑠璃姫」に。
 「死」と「生」を賭けて。

 あの日。
 ジャンケンに勝ったのはカオルだったから───。


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