/海還日/序章
序章


序章

 三人の技術者がいた。
 「THE VOID(ボイド)」の混乱がまだ続く年のことである。

 外界の革命的に激動の人世から隔絶された白く静かな部屋に、乾いた陽光が差し込んでいる。
 技術者はそれぞれA、I、Bという。そのうちBは若い女性だ。三人はくたびれた白衣をまとい、部屋の中央に置かれた「それ」を見つめていた。
 Aが低く言った。
「わたしからは“生命”を」
 さらにIが呟く。
「では、俺は世界に触れられる“体”を」
 最後にBが笑った。
「じゃあアタシは、“心”、をあげるわ」
「コードネームは現在を以ってお役御免。君に名前を授けよう」
 そうして「それ」は生まれた。
 最初に出力する言葉は伝統的に決まっている。
 過去、人類がコンピュータと対話するために創り出した数々の言語がそうだったように。それはまるで儀式のように。
 「それ」はコンピュータと対話するためではなく、ヒトと対話するために造られた。
 「それ」は空気を吸い込み、世界に挨拶をする。



Hello, World.


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