キ/wam/01
≪4/7≫
6月18日水曜日。
「7月の初めのテスト終わったら夏休みじゃん。どっか行こうよー」
放課後、結歌たち3人は教室でテスト勉強をしていた。始めてから30分、さっそく現実逃避に陥ったのは郁実である。シャーペンを置いてノートの上にうつぶせた。
「私海行きたーい」
すぐさま萌子が提案する。これでテスト勉強は一時中断したことになる。
「結歌は?」
「私? 私はねー・・・」
その時。
「そーいうことは、テストが無事終わってから言えよな」
人気の少ない廊下から、男子生徒の批判的な声が投げられた。眉をしかめた結歌は、声だけでその主が誰だかわかった。
「その台詞、そっくり返すわよ。桔梗」
低く響く結歌の言葉を意に介しもせず教室に入ってきたのは、2年5組の内田桔梗である。結歌とはかなり古くからの付き合いで、腐れ縁も続き今に至っていた。
「やっほー、桔梗くん」
「松尾っ、名前で呼ぶなって言ってんだろっ」
コンプレックスを指摘され、かなり本気で桔梗は怒鳴り返す。郁実は毎度のことなので気にも止めていない。
「おまえ今日サボってたろ」
「あれ、ばれてた?」
「俺のクラスから丸見え。何の科目だか知らないけど、期末考査は全科目あるんだから」
忠告めいた桔梗の言葉に結歌はかちんとくるものを感じて、対抗するかのように声を尖らせる。
「ご心配なくー。誰かと違って赤点取るようなことはしませんから」
・・・また始まった、と萌子は溜め息をついた。
最近、結歌と桔梗は仲が悪い。どちらかというと一方的に絡んでいるのは結歌のほうなのだが、二人とも後には引けない性格の為に、会話が始まると雰囲気は険悪なものとなる。
「・・・俺が悪いのは古典だけだよ」
「私は悪い点取ったことないの」
睨み合う二人に痺れを切らして、お節介とはわかっていても郁実は仲介の手を出した。
「まーまー、二人とも」
どんな喧嘩でも端から見ていて気持ちのいいものではない。
「そうよ、内田も結歌のガリ勉精神は知ってるでしょ? それともそんなに結歌が心配?」
「誰がっ!」
その言葉は高い声と低い声が見事にハモった。結歌と桔梗は顔を見合わせる。
そんな二人を見て萌子は思わず吹き出した。
「萌ちゃんっ、あおってどーするの! あ、そだ。桔梗くんも、夏休み一緒にどっか行く?」
「邪魔しちゃわるいわよー。彼女と行くでしょ、どうせ」
せっかくの郁実の気遣いも、ひやかすような、それでいて嫌味な結歌の言葉によって無駄に終わった。そして。
「おまえには関係ないだろう」
(──────)
言い返せなかった。
桔梗はそれだけ言って2年3組の教室を後にした。このまま結歌の住むマンションの、2つ上の階にある自宅へ帰って行くのだろう。
音も無く歩き、ドアを閉める音だけは派手に鳴らして、桔梗は廊下に消えた。
残された空間には気まずい空気が漂う。
「・・・ごめん」
結歌は素直に頭を下げた。一応、この雰囲気を招いた責任は感じる。
(・・・なんで、いつもこうなんだろ)
あのさぁ、と萌子が口を開いた。
「内田に彼女作ってほしくないなら、そういえばよかったのに」
「私がいつそんなこと言ったよ」
萌子の平然とした態度はどこか三高祥子を思い出させる。それとも、結歌が遊ばれやすい性格なだけだろうか。
「今の態度がそう言った。ね? 郁実」
「うーん。まーねぇ・・・。1年の時さぁ、私、結歌って桔梗くんのこと好きなのかなーって思ってたし」
遠慮がないのかはっきりしないのか、よくわからない郁実の言葉に結歌は思わず立ち上がった。
「ちょっとまってよー」
「違うの?」
「──────違う」
「今の間は何?」
(うっ・・・)
完璧に追い詰められた結歌は言葉に詰まる。正直な話、女子高生というものは、こういう話に過度の興味を示すものだ。それが友人のものなら追求するのは当然のことと言えよう。
椅子に座り直す。
二人の視線に耐えられなくなったころ、結歌はぼそぼそと話し始めた。
「・・・中学の時、そう思ったこともあった。だけど何ていうか・・・恋愛対象ってわけでなく、一番身近な異性だからそーゆー錯覚に陥るわけで。そーゆーのってあるでしょう? それにここに来てから最初に仲良くなった人だし。親近感ってやつじゃないの?」
言葉を選びながらゆっくりと、本音を告白する。とにかく、内田桔梗に対して恋愛感情は無いということだ。
あまり納得のいかない萌子は、人差し指を結歌の目の前につきさして、さらに突っ込む。
「じゃあ、内田に彼女ができてから不機嫌なのは?」
「それは自覚ないけど・・・独占欲じゃないかな、たぶん」
ははは・・・と力なく笑った。
「どっちにしろ贅沢な悩みよ、それは。年ごろの高校生が女だけで遊びに行く相談してるよりはね」
「そりゃそーだ」
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