キ/wam/02
≪5/12≫
05.祥子
(・・・追い掛けて、どうするの?)
結歌の向かう場所は見当がついている。急ぐ必要も無いので祥子は走るのをやめた。そしてそのかわり、自分の中の疑問に答えなければならなかった。
中村結歌を追い掛けて、そして、一体自分は何を言おうとしているのだろう。
幾度となく失敗した言動とその契機。また繰り返すのだろうか。
こぶしをかたく握り、力強く呟く。
(中村結歌に興味なんか持たなければよかった)
そして中途半端な同情も。
今となっては自分の行動の愚かさを笑うしかない、が。
後悔したくないのなら、ここで引き返すべきなのに。
校舎本館、最上階の階段をさらにのぼった踊り場で祥子は足を止めた。磨りガラスから眩しい光が差し込んでいる。
この扉の向こうに結歌はいるはずだった。
ノブに手をかける前に選択しなければならない。この後の自分の行動を。
「・・・・・」
──────三高祥子には簡単には公言できない特質があった。
中村結歌は恐怖している。
「何か」に怯えている。
「何か」から逃げている。
その為に「自分」を隠している。
それはわかる。でも。
(だからなに? ・・・私には関係ないわ)
繰り返したくないなら、無視すればいいだけのこと。それは経験からくる教訓である。
余計な世話だということはわかっている。結歌は触れられたくないだろうから。だけど。
(・・・・・このまま放っておいたら、なんか、危ない気がする)
祥子が扉を開けると、ぎぃ、と重い音が響いた。
初夏の気持ちの良い晴天が視界に広がる。祥子の長い髪が風を受けた。そしていつものように、フェンスに肘をついて結歌が振り返り、笑顔で声をかけた。
「なーに? 三高もサボってきたわけ?」
高田さんかわいそー、とカラカラと笑う。教室を飛び出した時とは別物の表情で。
「・・・・」
そんな結歌を、祥子は憐れだとさえ思ってしまう。本人にとってはいい迷惑だろうが結歌の演技───というよりすでに条件反射と化してしまっているその態度は、祥子には見え見え
なのだ。
同情、軽蔑。そんなものが混じった目付きで祥子は笑った。
「・・・私を無視するだけの余裕も無いってことかな」
一定の距離をとり、祥子は近付くのをやめそう言った。
「え?」
「付きまとわれるの、嫌なんでしょ? せっかく私のほうからケンカ仕掛けてあげたのに」
(ケンカ・・・・?)
《興味あるよ。どちらかというと悪意がこもってる意味でね》
「誰も嫌なんて言ってないじゃない。それに・・・あんなことくらいで怒ってたら切りがないわよ」
「でも、それなりにショック受けてたでしょ?」
「!」
いつになく直接的な反応をする祥子に結歌はたじろぐ。
いい雰囲気ではない。
今度こそ祥子は喧嘩を売っているのではないかと思われる態度で結歌に相対する。軽い冗談も許さない状況がそこには存在していた。結歌は軽口で話を逸らすこともできない。
上っ面だけでも仲良く喋りましょう、という空気では無いのだ。
(何なのよ・・・)
今現在心理的に余裕の無い結歌に三高祥子のきまぐれとも言える態度は我慢できるものではなかった。
「三高の目的は何? 私だって暇じゃないの。都合のいい時だけ仲良くされてもこっちだっておもしろくないのよっ。あんたが・・・何も言わないからっ」
そう、祥子は初めから何かを伝えようとしていたのだ。
「私も、中村さんがあなたの周りの人に何も言わないのが嫌なの」
暖簾に腕押しで祥子は挑発にはのってこない。冷静に皮肉を言ってのけるのだが、その言葉の真意を結歌は見抜けなかった。
(馬鹿にして・・・)
「何なのよっ! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
夏場はほとんどの教室が窓を開けている。それと授業中という状況にもかかわらず結歌は大声で叫んだ。
祥子は深く溜め息をついた。それは彼女の中である決意を示していた。
「いい加減、楽になったら?」
突然の提言。
「何を恐がってるのか知らないけど、いい加減苦しいんじゃないの?」
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