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「・・・・・え?」
 ほとんど音にならない声で疑問符を返す。
 『恐がっている』。
 目の前にいる三高祥子はいったい何を言ったのか。それさえうまくまとめられない。
 一瞬、めまいを覚えた。
 祥子の暗示的な言葉はまるで結歌の心を見透かしたように。
(ように・・・?)
 違う、気がする。祥子のどこか突放したような表情もそれを語っている。
 どういうこと?
「なに・・・言ってるの?」
 しらを切ろうとしての言葉ではない。純粋に祥子の台詞の意味を尋ねた。
 祥子は結歌に背を向けて空を仰いだ。
「───お節介かもしれないけど、中村さんの普通じゃない精神状態が私をここに居させるの。・・・・最初はそれに興味を持って近付いた。けど、何気ない言葉にひどく反応するその恐怖心は、必ずあなたをだめにするから」
「やめてっ!」
「あなたには相談できる友達が沢山いるじゃない!!」
 結歌の悲鳴はさらなる祥子の叱責によってかき消された。
 祥子がここまで感情を露にしたことはなかったかもしれない。
「別にいいのよ、個人の事情で悩んでるのは。それを隠すのもいい。だけど、それを押し殺して北川さんや松尾さんにまで笑顔を見せてるのが私は嫌なの。友達なんでしょ? ・・・失礼だわ」
 いつに無く饒舌な祥子は吐いて捨てるように言う。今の結歌には祥子の射るような視線に対抗する気力は無かった。
(どういうこと?)
 祥子が自分の過去を知っているはずがない。自分しか知らないはずだ。
 十年間。
 それだけの期間隠してきたのだ。
 結歌は周囲の音が消え、自分の鼓動が鳴り響くのを聞いた。
「三高・・・あんた一体」
「・・・・」
 まるで結歌の心を見透かしたように。
 ───“ように”ではない。
 思考が混乱している結歌の目に祥子の目が合う。
 結歌の頭をよぎる一つの考え。しかしそれを必死で否定しようとしている自分がいる。
「・・・・っ」
 頭をひとつ振って、うまくまとまらない疑問をどうにか祥子に返した。
 それは本心をそのまま反映して懐疑的かつ不審の念が込められていた。
「・・・あんた何なの? どうしてわかるのよっ、何を知ってるのっ!?」
 両目を閉じて祥子はその言葉を受けとめる。ある程度予測していた反応ではあった。
「・・・・・何も知らないわ。ただあなたが何かに怯えているということ。それだけよ」
 目を開くと、まっすぐ結歌を見据えた。
「そんなに恐がらなくても、もう近付かないから」
「・・・・?」
 祥子は抑揚の無い声でそれだけ言うと、きびすを返し屋上のドアへと向かう。
 もう用は無いと言うかのように結歌から離れた。
「三高・・・?」
「言いたかったのはそれだけ」
 あっけなくあっさりと。それだけが目的であったことを、自分の行動の意味を語る。
 結歌の位置からは見えないが、この時の三高祥子の表情は悲観、そして後悔、そんなものを表していた。結歌にもう少しだけでも余裕があったなら、声だけでそれを見抜けたかもしれない。
 この状況で結歌にそれを望むのは酷というものだが。
「じゃあ、さよなら」
 一度も振り返らずに三高祥子はドアの向こうに消えた。
 その後遠く聞こえる足音を結歌は最後まで聞いた。
「・・・・」
 ずるずると壁づたいに座り込む。正確には足の力が抜けた、というほうが正しい。
《興味あるよ。どちらかというと悪意がこもってる意味でね》
 知っていた。
 知っていて近付いたのだ。
(どうして・・・?)
 それこそが祥子のちから。
「・・・・」
 結歌には祥子のことはまだいまいちよくわからない。しかし祥子の目的はこれをもって果たされた。
 今までの言動は全て結歌の本心を見透かしてのことだったのだ。
 祥子のちからが何なのか。漠然とは想像できたが深く考えるのは恐い。
「三高・・・・」
 その呟きに込められた意味が何なのか、自分でもわからないほど頭を過ぎる今までの出来事は数が多すぎた。

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