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06.彼方からの手紙、そして。

 6月30日月曜日。

 2年3組の5限目は体育だった。
 三高祥子は教室の窓際で外の景色を眺めていた。
 祥子は窓を開けて、初夏の風を教室の中に入れた。外ではクラスメイトがトラックを走っている。
(この暑いのに・・・)
 だからといって教室内が涼しいわけでもないのだが、太陽の熱とそれを吸収した土に囲まれた校庭より格段涼しい所にいる祥子は、ほんの少しの優越感をもってトラックを眺める。
 その中に中村結歌の姿は見えない。今日は朝から学校に来ていないのだ。(音楽の授業以外の)皆勤賞を狙う彼女にとっては珍しいことである。
 溜め息をついて、祥子は窓枠に頬杖をついた。
 音楽室からはパッヘルベルのカノン、隣りの教室からは数学の授業が聞こえてくる。すぐそばの道路を走る車の音、空を飛ぶ鳥の鳴声。
 こんな風に、自分に向けられているわけでもない音を、それも日常的で平凡な雑音を聞く瞬間、少しの孤独を感じる時がある。しかしそれと同時に、自分がここに存在していることを思い知らされる瞬間でもあるのだ。
「・・・・・」
(別に、他人の“声”を聞くのが嫌だから一人でいるわけじゃないんだけど)


 昔から、嘘、というか友達の悪ふざけにさえ、引っ掛かったことは一度もなかった。

 小学生の時は友人と呼べる人間が人並みにはいた。
 お喋りをしながら登校し、休み時間には一緒に外で遊んだりもしていた。
 一番古い記憶は校庭。
 5時間目が始まるチャイムが鳴り、校庭で遊んでいた子供たちは一斉に教室に帰りはじめる。祥子は遠くに転がっていたボールを取りに行った。
 待っていてくれた友達は、祥子を驚かそうと計画を企てる。玄関わきの壁に隠れ、祥子が戻ってくるのを待った。
 ボールを抱え走ってきた祥子ははじめ、友達がそこにいないことに戸惑う。先に行ってしまったのかと思い、急いで玄関に向かった。しかし。
 祥子は何かを感じ、そこで立ち止まる。
『けーこちゃん、ゆまちゃん。先生におこられるよ。早く行こうよ』
 何気ない祥子の言葉。少したってから、二人は壁の向こうから現われた。
 目を丸くして不思議そうに言う。
『どーしてわかったのぉ』
 こんな些細なことはまだ序の口。「勘がいい」という言葉で済むのなら、こんな風に悩む必要もなかったかもしれない。

 自覚した時期がいつだったのかは、もう忘れてしまった。だけど、自分以外の人間は「わからない」のだと気付いたのは、結構後になってからだったと思う。
 思考は聴こえない。
 しかし祥子はそれのことを「声」と呼んでいる。
 感情というものの波、喜びや悲しみ、憤り、そして恐怖。言語ではない、それらの「声」。
 感じるのだ。この肌に伝わる気配と波のように伝わる感覚。
 普通ではない。
 小学生の頃は顔の表情と精神の喜怒哀楽はたいがい一致するものだった。多少疑問を感じるものの、問いただしてきたものは一人もいない。
 しかし転校にまで追いやられたのは中学生の時だった。
『祥子ちゃんてさ・・・ちょっとおかしいよね』
 それはすでに冗談でも嫌味でもない。
 ひきつった笑み、今まで祥子を見ていたそれとは明らかに異なる瞳。

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