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11.kadenz

 一つ、誰の為のレクイエムなのか。
 一つ、「主人」とは誰なのか。

 全てはそこからだったはずだから。



「ちょっとまってよっ!」
 結歌は泣き叫ぶような悲鳴を聞いた。耳を疑ったが、それは使いのものだった。
 驚愕と動揺。
 愕然となる。
 その豹変ぶりに結歌はたじろいだ。
 ・・・・触れてはいけないことだったのかもしれない。
 激しく訴えるような剣幕、蒼白になった使いを見て一歩退いたものの、結歌は強気の発言を続ける。
「とりあえず2つだけど、3つほど私の質問に答えてくれたら、レクイエムをあげる」
 結歌には聞く権利があることだ。・・・しかし、少々勝手が過ぎたのも事実だった。
 使いの唇が微かに動く。けど言葉は出てこない。
 当然だが結歌は使いの事情を知らない。何故、ここまで動揺を見せるのかわかるはずもなかった。
 使いは何とか回避すべく道を模索する。
「主人のことは聞かない約束だったはずよっ」
「その約束で契約をしたのは『彼』。その『彼』じゃなく私にレクイエムを頼みに来たのは使いのほうでしょ?」
 結歌がこれほどまでに我を通す理由は、場の勢いとしか言いようがなかった。
 この2つの条件は確かに知りたいことでもある。けど結歌にとって、これらは3つ目の条件の前置きでしかないのだ。とくに確執があるわけでもない。
 ・・・・照れ隠し、とも言えるかもしれない。
 使いにとってそれは、身を削るほどの、残酷な質問であったにもかかわらず。
どう説明すればいいのか。詳細を語らず結歌を説得するのは不可能に等しいだろう。
 善意(*事情を知らないこと)は罪ではない。しかし時にそれは人を傷つける。
「・・・・っ」
 どうしよう。使いは思う。
ゆきのの前以外で、弱気になっている自分を自覚する。
(ちがう!)
(こんな結果は予想外だ)
 胸をつく圧力。逡巡に浸っている暇はない。
 訴えればいい。それは禁忌なのだと。
人間が知ってはいけないことなのだと。
 そう反論することさえ、許されていないのが辛い。
 ・・・どうしよう。
 できるだけ長い時間、迷っていられたらいい。
 悩んでいられたらいい。
 しかし。


 ────冷酷にも“答え”はあるのだった。




《私たち聖の“使い”が人間と接触するときの制約。・・・わかってるな?》
 わかってる。使いはそう答えた。当たり前のように、それは決まりだった。
 禁忌。
 しかし物事には優先順位というものがある。
 レクイエムは持ち帰らなければならない。どんなことがあっても。
 禁忌を犯しても、それは優先される。・・・それに伴う始末、それが“答え”。
 使いは『聖』を裏切ることはできないのだ。
「・・・・」
 すぅ、と突然使いは頭の中で、感情の波が引いていくのを感じた。動悸がおさまり、冷静さを取り戻す。
 本当は迷う必要などないのに、何があってもレクイエムを持ちかえることが第一なのに、・・・・使いは何を悩むのだろう?
 使いは自覚していない。
 「幸せになってもらいたい」。
 その感情の名前を、使いは知らない。
 使いのなかで名前の無いその感情は、“答え”によって潰される。
 使いは制約に従うしかない。
 錫杖が象る形、自分の地位を表す紋章もそれを語っていた。

「本当に、その3つに答えたら・・・レクイエムを渡してくれるのね?」

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