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「えーとね。・・・使いの名前、教えてくれる?」


 結歌はそう言った。
「え?」
 反射的にそう聞き返してしまった。何を言ったのか本当にわからなかったのだ。
 目を見張る。使いは十秒かけてその言葉の音を確かめた。
 そしてさらに同じ時間をかけて、その言葉の意味を理解する。
「・・・・・・」
(名前─────?)
 それこそが3つ目の条件。
 照れ臭そうに言った結歌の表情を見て、使いは経験にない感覚に、全身を侵された。
 名前。
 条件というより、ただ純粋な質問。どんな難題がくると思っていたのに。
 結歌のなかで、はじめの2つの条件と、使いの名前を尋ねることは等価値なのだ。
「・・・・どうして」
 呟いた声は結歌には届きそうになかった。
 使いは今度こそ本当に泣きそうになった。8割の後悔と、2割の幸福感。
 不可解だと思う。人の価値観など、それぞれ違って当然なのに。それでも使いにとって、全く予想しなかった、驚くべきことだった。
「ばか・・・」
 そう言わずにはいられない。
 結歌は知らない。
 2つの条件がどんな結果を招くのか。
 3つ目の質問がどれだけ、たわいもないことか。
 いつの世も、後悔は先に立たない。
 人は己れの愚かさを気づかないまま、結末を迎える。2年後にそれが近付いているように。
「なっ、何よ・・・」
 ばか、と評されて結歌が何か言い返そうとする。それを無視して、使いはさらにたたみかける。
「本当にばか」
 どうして?
(・・・そんなことなら)
 そんなことなら。
「そんなことなら、いつでも教えてあげたのに」
 いつでも。もし尋ねられたなら、気軽に答えられることだったのに。
 名乗らなかったのは自分自身。そんなことはどうでもいいと思っていたから。
 それがこんな事態に陥ろうとは。
(ゆきのは予想していたのかもしれない)
 もしかしたらこんな結末になるということを。
《『聖』の思い通りになるのは嫌なのっ》
 けど、『聖』の下を離れることもできない。
《『聖』の「使い」である私たちが人間と接触する時の制約、わかってるな?》
(わかってるったら!)
 その力の行使こそが、私の仕事だから。




突然だった。
「・・・っ」
 結歌は使いに抱きつかれる。痛いほどに強く。
 使いに触れたのは、これが初めてかもしれない。
「な・・・何?」
返事はない。
 風に揺れる枝の音が、大きく耳に響いた。
 ザザアァァァ・・・
 雨の音にも似ている。先程まで気にならなかった周囲の音が反響して、何故か結歌を包んだ。
それが不安感を与えた。
「余計なこと言わないでって・・・初めに言ったのにね」
「え?」
 それとほぼ同時。使いは結歌の耳元にそっと囁いた。
「!」
 結歌は目を丸くする。使いの顔を見ようとしたけど、使いは抱きついた手を離してくれなかった。
「・・・それが3つめの条件の答えだよ」

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