キ/wam/04
≪5/7≫
「えーとね。・・・使いの名前、教えてくれる?」
結歌はそう言った。
「え?」
反射的にそう聞き返してしまった。何を言ったのか本当にわからなかったのだ。
目を見張る。使いは十秒かけてその言葉の音を確かめた。
そしてさらに同じ時間をかけて、その言葉の意味を理解する。
「・・・・・・」
(名前─────?)
それこそが3つ目の条件。
照れ臭そうに言った結歌の表情を見て、使いは経験にない感覚に、全身を侵された。
名前。
条件というより、ただ純粋な質問。どんな難題がくると思っていたのに。
結歌のなかで、はじめの2つの条件と、使いの名前を尋ねることは等価値なのだ。
「・・・・どうして」
呟いた声は結歌には届きそうになかった。
使いは今度こそ本当に泣きそうになった。8割の後悔と、2割の幸福感。
不可解だと思う。人の価値観など、それぞれ違って当然なのに。それでも使いにとって、全く予想しなかった、驚くべきことだった。
「ばか・・・」
そう言わずにはいられない。
結歌は知らない。
2つの条件がどんな結果を招くのか。
3つ目の質問がどれだけ、たわいもないことか。
いつの世も、後悔は先に立たない。
人は己れの愚かさを気づかないまま、結末を迎える。2年後にそれが近付いているように。
「なっ、何よ・・・」
ばか、と評されて結歌が何か言い返そうとする。それを無視して、使いはさらにたたみかける。
「本当にばか」
どうして?
(・・・そんなことなら)
そんなことなら。
「そんなことなら、いつでも教えてあげたのに」
いつでも。もし尋ねられたなら、気軽に答えられることだったのに。
名乗らなかったのは自分自身。そんなことはどうでもいいと思っていたから。
それがこんな事態に陥ろうとは。
(ゆきのは予想していたのかもしれない)
もしかしたらこんな結末になるということを。
《『聖』の思い通りになるのは嫌なのっ》
けど、『聖』の下を離れることもできない。
《『聖』の「使い」である私たちが人間と接触する時の制約、わかってるな?》
(わかってるったら!)
その力の行使こそが、私の仕事だから。
突然だった。
「・・・っ」
結歌は使いに抱きつかれる。痛いほどに強く。
使いに触れたのは、これが初めてかもしれない。
「な・・・何?」
返事はない。
風に揺れる枝の音が、大きく耳に響いた。
ザザアァァァ・・・
雨の音にも似ている。先程まで気にならなかった周囲の音が反響して、何故か結歌を包んだ。
それが不安感を与えた。
「余計なこと言わないでって・・・初めに言ったのにね」
「え?」
それとほぼ同時。使いは結歌の耳元にそっと囁いた。
「!」
結歌は目を丸くする。使いの顔を見ようとしたけど、使いは抱きついた手を離してくれなかった。
「・・・それが3つめの条件の答えだよ」
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