/wam/04
6/7

 光。
 その時、使いとの間合いが狭すぎて、結歌は使いの持つ錫杖に変化があったことに気が付かなかった。
 音もなく、使いの錫杖に光が灯る。
 「光る」という表現は正確ではない。錫杖が光源となっているわけではなく、錫杖のまわりに「光」が現れたという感じだ。陽の光とは全く異なる。
「使い・・・・?」
3つめの答えを聞いても、癖でそう呼んでしまう。
「ごめんね」
 どうして謝るの? 結歌は寒気を感じた。先程の木擦れの音が警告にも聞こえた。
 使いの低く押し殺した言葉が何を意味するのかもわからない。
 何故、使いがこんなにも悲しそうな声を出すのかも。
「結歌のこと・・・智幸のことも、私、好きだった」
 脈絡も前後のつながりも無い言葉に思考もついていけない。五分先の未来さえ、結歌の念頭には無かった。何が起ころうとしているのか想像もできない。
 結歌は使いに何か、言わなければ・・・言っておかなければならない気がして、口を開こうとする。動作で使いがそれを制した。
 そして。
 使いの、残酷な明言。
「─────さよなら」



 あふれる光。
 金色の光。
 使いの錫杖から放たれる。圧迫感があるのにそれは体を貫いた。
 それが空間を支配した。

 それが最期だった。


 聖なる光。
 それは生命の誕生と消滅を意味する。
 生を司る者。
 死を司る者。
 その両者だけが所有する光。・・・・人はそれぞれの呼称を定めたかもしれない。
 自然や人間の運命を支配し、超人的威力を示すとみなされる存在を人は神と呼ぶ。
 人が知る由もないことだが、複数存在する「神」の頂点に立つものの名は『聖』といった。


 三日月のように見えていたそれが、鋭利な刃をもつ大鎌に変化する。
 中村結歌はその意識の最後の瞬間に、大鎌を持ち、黒いマントをなびかせた人影を、見たような気がした。


 陽は完全に沈んでしまった。夜が来ようとしていた。
 上空を浮かぶ黒い影は、空の色と保護色になり、個体を識別するのに目を懲らさなければならなかった。
「おい」
 “こちら”で使いに声をかける人物など一人しかいない。
 背後から突然呼ばれても驚きもせず、相手が何を言いたいのかも察して、使いは即答した。
「わかってる。だからこういう結果になってる」
「・・・」
 ゆきのは軽く息をつく。次に何か言おうとしたが、使いのほうが一瞬早く口を開いた。
「ゆきの、これ」
 バサッ、とボリュームのある、ところどころに紙が挟んであるノートを差し出す。言わなくなくても、それが何であるかはわかった。
 ゆきのは無言でそれを受け取る。
「・・・・お前はどうする?」
「まだこっちにいる。・・・少ししたら戻るから」
 使いの表情は見えない。ゆきのは同情しない程度に心中を察して、使いから少し離れた。
「・・・一応、忠告はしたつもりだ。早く処理しろと────── 深追いしないうちに」
「うん・・・」
 ほとんど反射で答えている。ゆきのの言葉が果たして耳に入っているかも疑わしかった。
「こだち」
 強い口調でゆきのが呼ぶ。
「なに?」
「ご苦労だったな。・・・・後は全て、2年後だ」
 いつのまにか、空には新月が浮かんでいた。
 こだちはゆきのの───思い上りかもしれないが──褒め言葉に聞こえた台詞に目を見開
き、微かに笑った。
「うん。・・・わかってる」
 上空は風が強く、頭上を雲が音をたてて流れてゆく。
 全身にその風を受けて、こだちは地上の、人工の光を優しい眼差しで見下ろした。



 「消える」。
 分かってしまった。
 諦めとは違う。何故だかわからないけど。
(桔梗と仲直りしておけばよかった)
 祈ってしまった。最期の瞬間に。
 誰にだかわからないけれど。
───  三高祥子に理解者が現れればいい。
 切実に。
 それは私で在りたかった。けど。
 哀願してもいい。願いが届いて欲しい。
 近い未来。祥子と出会う、誰かへ。

 そしてお父さん。
 これが、あなたが恐れた結果・・・?

6/7
/wam/04