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「だから、才能なんてものは、誰もが持ってるものじゃないのよ。だけど、才能が全てじゃないっていうのも確かなの。智幸はまだ何もやってないし、これから何でもできるよ」
 「ツカイ」の励ましの言葉を、智幸は素直に聞いた。
「そうかな…」
「そうそう」
 その時。
「中村くんっ!!」
 その声は大きかった。本当に大きかった。「ツカイ」さえも心底驚いた表情で、その声の源を見た。
 見ると、さほど背の高くない女がそこに立っていた。視線はもちろん、中村智幸に向けられている。
「す…、鈴木さんっ」
 今度は智幸がうわずった声をあげた。その横顔はそれと分かるほど赤く、いつもよりテンションが高い。
「…」
 二人の会話を端で聞いていて、智幸の心理を「ツカイ」は察した。
(なるほど…そーいうことね)
 人の恋路を邪魔するほど野暮ではない。「ツカイ」は少し離れて、傍観を決め込んだ。
 が。
 ───え?
(スズキ?)
 「ツカイ」の頭の中で何かひらめく。彼女にとってはいい方向へではない。
 まさか。
(スズキサトコ──────!? )
 バッ、と振り返る。
「あのねぇ、ウチのクラスのチラシ、持ってきたんだけど…もしかして、おジャマだった?」
「全然っ、そんなことないよっ」
 智幸はムキになって否定したが、沙都子の視線は…。
「え…?」
 奇妙な沈黙が生まれる。
 沙都子の、四割の好奇心と六割の敵視が含まれた視線を、「ツカイ」は真っすぐに受けとめた。そう、間違いなく、沙都子の目は「ツカイ」を捕らえているのだ。
「えぇっ!?」
 智幸は胸を突かれるような驚きを味わった。反射的に「ツカイ」のほうへ振り返る。しかし「ツカイ」は沙都子のほうへ目を向けて、智幸とは目を合わせなかった。
 三日間。誰一人として、この姿を見ることがなかった「ツカイ」を。鈴木沙都子は見ているのだ。ごく当たり前のこととして。
「…鈴木さんっ! 見えるのっ!?」
「は…? 見えるって、何が?」
 智幸の言葉の意味が分からず、沙都子は首を傾げる。
「何がって…」
「きゃあぁ、その衣裳かわいいねー。あ、もしかして明日のパレードのっ? すごーい、こってるねぇ。すごーいすごーい」
 沙都子の叫びは智幸の声をかき消した。「ツカイ」の外見、確かに普通ではないその格好を、沙都子はそう評価した。
 この服どーなってるのぉ、とすっかり浮かれている沙都子に脱力する智幸だった。
 「ツカイ」は特に何を言うでもなし、沙都子の一方的な会話を適当に聞いている。
(やっぱり、見えてるんだ)
 何故、という疑問が生まれる。どうして智幸と沙都子だけが、この人間ではない(と思う)「ツカイ」を…。
「おっと、私、友達待たせてるんだった。じゃ、中村くん。後で彼女、紹介してねっ」
 ぺらぺらとまくしたてるその姿は智幸の話など聞いていない。沙都子はそう言うと、さっき来た方向へ戻っていった。
「あ、ちょっと、鈴木さんっ」
 引き止めようとした声も無駄に終わった。すでに沙都子の姿は遠くに消えている。
「鈴木さーん…」
「ずいぶん…強引な人だね」
 別れ際、彼女の笑顔が引きつっていたのには、智幸は気付かなかっただろう、と「ツカイ」は断言できる。「ツカイ」への視線に敵意が交じっていたことも。
(素直でかわいいじゃない)
 感情が表情に出るところとか特に。それに気付かない智幸は鈍感とも言える。
 それにしても。
(…ここまでか)
 沙都子を引き止めようとした右手を降ろして、そういえば、と智幸は振り返る。
 彼女は何かとてつもない、智幸にとって非常に都合の悪い勘違いをしていた。
「誰が誰の彼女だって…?」
 奇妙に顔を歪ませて「ツカイ」の顔を覗き込む。沙都子はそう誤解したまま行ってしまったのだ。
「あははは、否定すればよかったじゃない」
 率直すぎる答を返した「ツカイ」は、意外なほど無邪気に笑っていた。
「しまったあー」
 そして低い声で。
「安心して。智幸は彼女と結婚するから」

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