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 学校から十分程歩いたところにバス停がある。智幸と沙都子は校門を出ると、バス停に向かって歩いた。二人とも市内在住だが、沙都子はバス通学で、智幸の家はすぐ近くなので、毎日徒歩で通っている。
「器楽科のなかで、中村くんの曲を誉めてる人たちもいるよ。期待に添わなきゃ」
 びしっと指を突きつけて、生徒を諭す教師のように、沙都子は強気で言う。
「でも窮地に追い詰められても“いいもの”を書こうとするあたりは、さすが中村くんだけどね」
「・・・・・・・・」
 アメとムチ、というわけでもないが、そう素直に誉められると、少しだけやる気が出てきたような気がする。それとも沙都子に言われたからこそ、かもしれない。
 そーいえばね、と沙都子は続ける。
「どうして去年のモリオト祭は出なかったの?」
 二人がつきあい始めたのは、そのすぐ後だった。
 強制ではないが、出ようと思えば出れたはずだ。智幸の性格から、面倒臭がったとは思えないし。
 沙都子の問いに、智幸はその目を見て答えた。
 目を見て答えることができた。
「去年の今頃はそれどころじゃなかったんだよ」
「何かあったの?」
「いろいろとね」
「?」
 笑ってごまかしても、沙都子は特に興味を示さなかったらしい。更なる追求は返ってこなかった。もしかしたら、それが彼女なりの気の使いかたなのかもしれないけど。
「あ、見て」
 沙都子が道の反対側を指差した。
 大学の近くなので車通りは激しい。それもあり、近隣の小学生の為に歩道がしかれている。ちょうど沙都子が目を向けた方向に、赤いランドセルをしょった小学生が三人、仲良く歩いているところだった。
 小さい子供によくある、ひょこひょこした足取りはいつ見ても危なっかしい。ついハラハラと眺めてしまう。
 小学生は手に何か、細長い棒みたいなものを持っている。それを口にくわえると、この夕暮に、暖かい音で曲が流れた。
 ドレミの歌。
「・・・たて笛か」
「なんか、懐かしいね」
 明日は音楽のテストなのだろうか。指の動きはぎこちないが、一生懸命な演奏をする。
 智幸と沙都子は、足をとめてそれを聴いていた。
 一つ音が外れた。
 それでも小学生は、気づかずに吹き続ける。
「僕もやったな、あれ」
「あ、私はね、歌うほうが好きだった派」
「沙都子らしいよ」
 バス停につくと、ちょうどバスがやってきたところだった。智幸が呼び出されていたせいで、少し時間がずれて、それほど混んでいない。
 沙都子はじゃあね、と手を振ってバスに乗り込む。智幸も笑って手を振った。
「曲、がんばってね」
「うん、ありがとう」
 沙都子を乗せたバスは、煙をたててバス停を後にした。智幸はそれを見届けて、今度は自宅へと歩き始めた。

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