キ/wam/SOE
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6.
12月22日。
学校法人森都芸術大学、第17回モリオト祭。当日。
その日、森都芸術大学の校門に、一人の女性が車から降り立った。
歳は二十代後半。白いスーツとヒール、真っ赤なコート、そしてサングラス。ショートヘアが全身をすらりと際立たせているが、背は特別高いというほどでもない。
看板や花飾りでにぎやかな校門、一般客もかなりいたはずなのに、その女性はかなり目立っていた。
カツカツと歩く姿は当然のように板に付いている。が、彼女は普段からこういう格好をしているわけではなかった。こんな服では仕事にならない職業だし、デートをする相手も今はいない。単に趣味として、こういうお洒落が好きな性格だった。
校門にはこの学校の生徒と思われる数十人の案内係が、一般客を誘導している。チラシや風船を配り、丁寧に対応している。その流れに加わろうと、列に並んだ時、彼女は案内係の中に、見知った顔を発見した。
(あれは・・・)
一際明るい笑顔で、まわりと喋っている女生徒、女はその人物に近付き、確認すると、にっこりと笑った。
「沙都子ちゃん・・・だよね?」
チラシを配っていた鈴木沙都子は、一瞬遅れて振り向いた。
「え?」
「一回会ったでしょ? 私よ」
女はサングラスを外すと、沙都子にもう一度微笑む。沙都子は合点がいったようで、目を見開いて驚きの表情を見せた。
「えーっ、どーしてここにいるんですかっ」
隣にいた巳取あかねは、友人の叫び声に耳をふさいだ。何事かと振り返る。
見ると、沙都子は何やら年上の女性と何やら話し合っていた。沙都子のほうはかなり興奮している。
「今、帰ってきてるの」
「そんなこと言ってませんでしたよ」
教えてくれればいいのにー、と沙都子はぼやいた。
「そりゃそうよ。今日、突然帰ってきたの。あれには会ってないわ」
「そうなんですか」
「あいつ、どこにいる?」
「もう楽屋に入った頃だと思います。その後の合唱には私が出るんで、そっちも聴いていってくださいね」
「楽しみにしてるわ。頑張ってね」
それじゃ、と手を振ると、サングラスをかけなおし、女は去っていく。すらりと背筋の伸びた後ろ姿に、沙都子は羨望の眼差しを送った。
「沙都子、今の人、誰?」
「見たぁ? かーっこいいよねー。憧れちゃうなー、私」
「いや、だから・・・誰?」
あかねの疑問はむなしく、一方通行で終わっていた。
* * *
普段、学内の生徒たちが全員揃うことなどめったにない。だからこんな日は、芸術学校に集う人間の多種多様さに改めて驚く。
響森館はそれほどでもないが、それに続く渡り廊下付近は、準備のため、実行委員が絶えず走り回っていた。舞台設営などの手伝いなのか、美術学部の学生もちらほらと見受けられる。
オーケストラの一員なのだろう。舞台衣装に着替え、楽器を持った生徒たちも渡り廊下を走っていた。
「十時を回りましたっ! 作曲コンクール開始の時間です。緞帳、上げてください」
スタッフ同士で通信可能なトランシーバーから、合図の声が聞こえた。すると、その直後、今度は全校放送から声がした。
『ただいまより、1978年度、第二十一回モリオト祭、作曲コンクールを開始致します』
それと同じ放送は響森館のホールにも響いていた。
緞帳が引き上げられる。客席の照明が落ち、自然とざわめきが消えた。
ライトが当てられているステージには、オーケストラの椅子と譜面台がずらりと並んでいる。 静寂が訪れた。
舞台下手から、楽器を抱えた人たちが、並んで入場する。黒い服で統一されている。自分の席に着くと、譜面台の高さを調節し、椅子の位置を確認する。
全員が椅子におさまると、客席から向かって指揮台のすぐ左側、コンサートマスターが立ち上がって、バイオリンを構えた。
Cの音。
それに倣って、一斉に音を出す。コンサートマスターの音程を基準に調音を開始する。
弦楽器の滑らかな音が和音で重なり、ホール中に響いた。
オーボエの音だけが残り、次に管楽器の調音が始まる。
しばらくして音がやむと、オーケストラは構えをとき、指揮者の入場を待った。
『エントリーナンバー1。音楽学部器楽科四年生、大谷貴志作曲。「ピアノ協奏曲」』
アナウンスが入ると、同じく下手から白いスーツの男性が、指揮棒を片手に、舞台中央に歩いてくる。客席に向き直ると、深々と一礼した。
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