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「ふはぁ〜」
とすん、と長椅子に倒れ込む。取り調べから解放され、藤子は警察署のロビーで一息吐いた。だらしなく手足を伸ばして浅く腰掛ける。
取り調べでは事件の夜にどこでなにをしていたかを一通り訊かれた。しかも同じことを何回もネチネチと。これは警察の常套手段である。何度も訊くのは、証言に一貫性があることの確認で、さらには矛盾が生じるのを誘っているのだ。別の日のアリバイを訊いたのは、明かなアリバイが他の日にもあるのか、当日のものが用意されたものではないかを確認したのだろう。もちろん、その程度で穴を空ける藤子ではない。憶えていることを不自然ではない程度に教えてやった。
これから警察が裏を取るらしい、ご苦労なことだ。藤子はもう一度溜め息を吐いてから、自販機で買った紙パックのいちごジュース(果汁0%)にストローを刺した。
ちるちると音を立てて飲んでいると、背中合わせの背後の椅子に人の座る気配がした。ややあって、憶えのある煙草の匂いが漂ってきた。
「なんかヘマしたのかい」
背後からのひそめた声に、背中合わせのままの姿勢で答える。
「顔見られてたみたい。あたしは憶えてないんだけど」
「ありゃ、待先昭光の甥だ」
「…あー、そっか、そういえばあのとき」
「どうせ証拠なんて残してないんだろう。捕まる気がないならここへは来ないでほしいなぁ。1課の連中にあまり恥をかかせてやるな」
「はーい。1課の計良くんにはこれから気をつけます」
「しばらく尾行がつくよ」
「わかってる」
「待先のおぼっちゃんにも接触しないことだ」
「うーん、それはイヤ」
「何かあるのか?」
「恋」
「………」
「なんで黙るの」
「………」
「ねぇ、木戸くん。あのおぼっちゃんは、復讐心に乗じてあたしを殺せると思う?」
「無理だ。そんな度胸は無い」
「やっぱ、そっかぁ」
「おぼっちゃんのことは俺は知らん。ただ、計良さんは遣り手だよ。“始末屋・國枝藤子”もそろそろ潮時か?」
ちる、とストローを吸う。
「潮時なんてないよ。あたしが足を洗うのは、あたしが死ぬときだから」
背後の気配は腰を上げて煙草をもみ消した。その後、何も言わずに足音が遠ざかっていく。藤子はいちごジュースを最後まで飲んでから警察を後にした。
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