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 史緒は木戸の送迎の申し出を断って、藤子とともに警察を後にする。すでに顔なじみとなった受付の職員に藤子は手を振り、史緒は軽く頭を下げた。何度も警察に足を運んでいる2人はさぞ不審人物だと思われているだろう。場にそぐわない少女2人が悠然と玄関をくぐる様を、幾人かの職員が物珍しそうに見送っていた。
「おなかへった〜。お昼まだでしょ? どっかで食べてこーよ」
 天気の良い並木道に出て藤子は大きくのびをする。史緒はそのうしろをついて歩いていた。
「いや」
「ぶーっ。付き合いわるーい」
「誰のせいだと思ってるのよ。私は帰るわ。仕事が残ってるの」
 足を止めた藤子の横をそのまま追い越し、史緒は腕時計で時間を確認する。もう正午を回って1時に近い。残っている仕事を思い浮かべて優先順位と所要時間をタイムテーブルに並べ替える。その思考を邪魔するかのように藤子が背後から声をかけてきた。
「史緒」
「なに」
「セーラくんに頼みごとしてたでしょ?」
「いきなりなに?」
「取りに来いって言ってたよ」
 史緒は複雑な表情でくるりと振り返った。藤子はこちらを向いてニヤリと笑っている。
「あたしもセーラくんに用事あるんだ。一緒にいこ? ついでにごはん食べよ、ね?」
「……」
 史緒は観念して肩を落とした。しょうがない、付き合うしかなさそうだ。しぶしぶと了解を伝えると、よしっと藤子は拳をつくった。
「なに食べたい?」
「なんでも」
「じゃあ、目白のケーキ屋さん。雑誌に載ってたの」
「…ごはんじゃないの?」
「だから、デザートにケーキを食べるために、その近場でレストランを探す」
「ここからセーラさんのところとは逆方向なんだけど。しかも路線も違う」
「いるよねー、なんでもいいって言ったくせに、文句言うヤツ」
「それとこれとは違うでしょ。セーラさんのところ寄って、早く仕事に戻りたいのよ」
「仕事仕事うるさいな、あたしと仕事、どっちが大事なの?」
「仕事よ。それがなに?」
「むーかーつーくー」
 そのとき、すれ違った中年男性の小さく笑う声が聞こえた。じゃれ合う2人を微笑ましく思ったか、子供らしさを笑ったのかどちらかに違いない。中年男性は慌てて取り繕って早足で駅のほうへ向かって行った。───まさか彼は、2人のうち片方が始末屋だとは夢にも思わないだろう。
「それにしても、本当によく捕まらないわね」
 史緒が呆れたように口にした。
 木戸はともかく計良は、始末屋・國枝藤子を捕まえなければならない立場にある。それでも毎回見送るしかないのは、藤子がことごとく不在証明(アリバイ)を持っているからだ。さらに現場の物的証拠もなく、逮捕状請求には至らないものばかり。計良が無駄足と嘆くのも無理はない。
「うーん、計良くんはじっと待ってるって気がするなぁ」
「待つ? なにを?」
「あたしが尻尾出すのを、ね。軽々しく呼び出しておいて、馴れ馴れしく接しておいて、ひとつでも確証を掴んだらそれみたことかって、容赦なくあたしに手錠をかけるよ、きっと」
 藤子は楽しそうに笑う。
「でも、まだまだかな。実際、あたしの仕事の数のうち、警察に呼ばれるのは3割程度だし、逆にあたしの仕事じゃないのに呼ばれるのは2割。かなりあてずっぽうなのよ」
 そこまで聞いて、史緒は途端に機嫌が悪くなった。視線を逸らして、声を低くする。
「藤子の仕事の数字なんか聞きたくないんだけど」
「警察の無能さの数字を言ったんだよ」
 史緒が藤子の仕事を良く思ってないことは藤子も知っている。しかし藤子にとってはそれが生きる糧、それ以上に自分の生き方。史緒の機嫌などに構っていられない。
「そういうわけで、今のところ、あたしが警察に捕まることはないかな。確率で考えれば、誰かに復讐されるほうがよっぽど早そう」
「…藤子」
「あたしはずっとそれを待ってるんだから、そうでなきゃ困るけど」
「藤子!」史緒は声を荒げた。「その話は聞きたくない」
 藤子は相変わらず笑っていたが、少しだけ声のトーンを落とした。
「いい加減、慣れてよ。あたしがそういう覚悟でやってるってことは、最初に教えてあげたでしょ?」
「私は嫌なの。藤子の覚悟なんて聞きたくない」
 死の覚悟なんて。
「あのー。友達にすぱっと否定されるのもなかなか痛いんですけどー」
 そんなこと知るか、と言わんばかりに史緒はそっぽを向く。変なところで子供っぽい史緒に藤子は苦笑した。
 この会話は2人のあいだで何十回も繰り返されている。それなのに史緒は藤子の仕事の話を大人しく最後まで聞いたことは無い。耳を塞ぐくらい嫌なことらしい。一方、藤子は自分の生き方の話なので否定されるのはもちろん気分が悪い。それでも2人とも付き合いをやめないのは、一体、どちらが物好きで頑固なのだろう。
「史緒は裏(こっち)にも片足入れてるんだから、これくらい普通に聞けるようにならなきゃ」
「片足入れてる、じゃなくて、入れさせられたのよ、藤子に」
 話が逸れたのはわざとだ。
「言ったでしょ? 裏(こっち)のルールも知らずに“國枝藤子”と付き合うのは危険だって。だからいろいろと教えてあげたんだよ」
 うっ、と史緒は言葉に詰まる。
「そのおかげで、史緒の仕事内容に幅ができたんじゃないの?」
 実はそうなのだ。
「だったら、藤子サマサマじゃない。感謝してもらわなきゃ!」
 高らかに笑ったあと、びしっと人差し指を向ける。
「というわけで、今日は目白。付き合いなさい」
「…わかりました」
 端から見れば年頃の少女のじゃれ合い。それを新鮮に感じる2人は、ときどき合図無く、こういう会話を 楽しんでいる。

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