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2.青嵐
殺し屋という職業をご存知だろうか。
文字通り、殺人を生業とする者のことである。直接的な表現を避けて始末屋とも呼ばれる。ただし、「始末屋」はもう少し広義で、依頼の対象者に精神的・肉体的ダメージを与える商売を指すこともあるので注意されたい。
意外に思われるかもしれないが、殺し屋を名乗る人間のうち7割はそれを兼業、しかも副業としている。そういった人間の本業はというと、暴力団構成員のほか、自営業、公務員、医師など社会性の高い職業も多い。一方、殺し屋を本業とする者は全体の2割程度、そして専業が残りの1割である。
殺し屋のメリットは金しかない(ごく少数のものは趣味と答えるかもしれないが)。相場は一件100万から200万円、海外へ向かわされることもあるので、経費など細かい料金は状況により変化する。この仕事は最悪は逮捕&死刑、ハイリスク・ハイリターンの代表例とも言える。
殺し屋のなかには、自分の手を汚さない人間もいる。どうするかというと、依頼を請けたら貧困層の外国人に20万円程を与え、仕事をさせたあとは海外へ飛ばせるという寸法だ。被害者と関係の無い人間が通り魔的に実行し、本格的な捜査が始まる頃には犯人は国内にいない。これは実際に行われている方法であり、このような事件に関しては捕まる人間がほとんどいない。
ポピュラーな例を紹介したが、殺しの手段は殺し屋によってさまざま。各個の特性に合わせて仕事を割り振るのも私の仕事だ。
私が知る中に、突出して珍しい殺し屋がいる。
女性、専業、特定の組織には属さず、趣味でも金目当てでもない。年齢は公開していないがおそらく10代だろう。腕は良いらしくたった半年で台頭した極めて珍しい例だ。
「セーラくん!」
私の名前は青嵐(せいらん)。情報屋、仲介屋、仕入屋、紹介屋など肩書きが多いので、人は私のことを万屋(よろずや)と呼ぶ。
高い建物の間の細い路地の奥、ビル1階の倉庫がここだ。場違いなくらい明るく大きな声が聞こえたので顔を出すと、若い女が2人、扉の前で立っていた。
「セーラくん、おはよー」
脳天気な笑顔を向けて挨拶したほうが私が知る殺し屋のひとり、國枝藤子だ。今時の若者と同じような華やかな恰好をしている。そんな服装でここまで来られたら目立ってしかたないのだが、何度注意しても聞かない。
「突然押しかけて来てなんなの?」
「あのね、あたしの友達を紹介させて」
もうひとり、國枝の後ろに髪の長い女が立っている。
「紹介…?」
「史緒。この人が万屋(よろずや)のセーラくん。オネエ言葉だけど別にオカマじゃないから」
「青嵐よ」
これも何度訂正しても覚えやしない。
「で、こっちが史緒」
そこでやっと後ろの女が口を開いた。
「阿達、史緒です」
「阿達史緒……、商社のアダチの令嬢が確かそんな名前ね」
「あ、そういやそうだっけ」
國枝はつい先日、私に阿達史緒について身辺調査を依頼している。報告書をまともに読んでいないようだ。
阿達の表情が曇った。親の肩書きを引き合いに出されたことが気に入らなかったらしい。
「それから、桐生院由眞が集めた3人のうちのひとりでしょ?」
「え? 3人って…いたっ」
阿達は小さく悲鳴をあげた。
「どうかした?」
「いえ、なんでも」
「でね、セーラくん。この子、興信所はじめるの。出世する予定だから、よろしくしてやって〜、おねがいっ」
「……ぁー」
その台詞で國枝の狙いは判った。しかし私は國枝の狙い通りに動く気にはならない。
「國枝」
「ん?」
「フィガロを待たせてるみたいだけど」
「げっ。嘘、マジ?」
「まじ」
「どーしてあの人、電話も持ってないの? 連絡くれれば、すぐに顔出すのに」
「昔の人だからでしょ」
「あぁああ、もー。史緒、ごめん、あたし、ちょっと抜ける。すぐ戻るから!」
慣れているのか鈍いだけなのか、阿達は返事を返さなかった。そのあいだに國枝は踵を返し飛び出していく。ここは路地裏なので、扉を開けてもさほど明るくはならない。それでも國枝が扉を開けた瞬間に少し光が差して、閉めるともとの薄暗さに戻った。
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