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4.史緒

「あのね」
 は〜ぁ、と藤子はわざとらしく溜め息を吐く。
「16歳でしょ? もっとオシャレしなさい。なにも着飾れって言ってるんじゃないよ、あたしと違ってクライアントと顔を合わせる仕事なんだから、ちゃんとそれらしい恰好しなきゃ。オフィスでの身だしなみってもんがあるでしょ!」
 付き合い始めたばかりの頃、藤子は史緒の恰好について、よく文句を言っていた。史緒は服装などにあまり感心が無く、文字通り適当もしくは無難にしていた。それが藤子の気に障ったらしい。
「次の休日、あたしに付き合いなさい」
 藤子はそう言って、彼女がよく行くというショップを連れ回した。
「藤子とは服の趣味が合わないような」
「なにも気を遣ってないヤツが“服の趣味”なんて生意気言わないよーに。だいじょーぶ、だいじょーぶ、オフィス物もちゃんとあるって。それと、店員さんとは喋っておいたほうがいいよ。営業(ほんね)を隠したお友達トークと向かい合うのはある意味訓練になるから」
 そういう藤子は、「趣味はオシャレと街をぶらつくこと」と言うとおり、よく買い物に出掛けるらしい。史緒はそれに付き合わされるようになった。
「その長いだけの髪もどうにかしようよ。編むなりまとめるなりさ。首周りすっきりさせない? ただ下ろしてるだけじゃやぼったい。見てるほうが暑苦しい」
「だめ? みっともない古傷を隠してるからこうなっちゃうんだけど」
「古傷? どれ」
 藤子は史緒の襟に指を入れ、引っ張って覗き込んだ。史緒はびっくりして慌てて離れる。悪気のない藤子は、なんだ、と肩をすくめた。
「そんなグロくないじゃん。服だけでも十分隠れるよ」
 史緒はその場を笑ってごまかした。
 藤子の影響で服装に気を遣うようになった史緒だが、結局髪型は改善されなかった。
 後になって藤子が言った。
「その傷は史緒にとって勲章みたいなもの?」
「で、史緒は勲章を見せびらかしたりしないタイプ。ただ大事にしまっておくだけなんでしょ」





「あたしは人殺しを悪いこととは思わないよ」
 藤子はまっすぐな目で言う。
「日本(ここ)の法律に反してはいるけど、それが悪いことかどうかは別問題じゃない? 個人の正義の問題。ま、少数派だろうけど」
 ときどき、冗談にしか聞こえないことがある。藤子はあまりにもこともなげに言うので史緒は言葉を失ってしまう。
 その正義について、藤子と論争することは無意味だ。何年も殺し屋として生活してきた人間に対して殺しは悪だと説いても傾くはずがない。史緒のような、殺しの何たるかも語れず、ただ悪いことだと常識を植え付けられている人間が相手ならなおさら。
「史緒、見て。きれいな夜景」
 促されて顔を上げると、眼下にネオンが煌めく都会の夜景が広がっていた。史緒にとってはそれは見慣れた風景でしかない。しかし隣りの藤子はその風景を眺め、感動しているようだった。史緒はもう一度夜景に視線を戻す。
 ネオンの明るさで街のかたちが判る。それらの光の分布はそのまま人口の分布でもある。面白い対比だとは思った。
「史緒?」
「あ、うん。…きれい、って言うのね。こういう景色のこと」
 すると藤子は呆れたような顔をした。
「史緒ってほんと人間? たまに宇宙人と喋ってる気分になる!」
「そこまで言わなくても」
 人殺しは悪くないと言った同じ口で、景色が綺麗だと語る。それはとても奇異なことのように思えた。
 藤子は本当に同じものを見ているのだろうか。
 史緒は何度も、そんな疑問を繰り返している。
「世界は綺麗だよ。それを見るだけでも、生きる価値はあるね」


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