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6.12月20日月曜日16時50分

 その日はとても寒い日で、窓ガラスが曇って外が見られないほどだった。都内で初雪は観測されていないが日本海側では大雪になっているという。暖房によって室内は温かいのに、足下からの冷気に震えてしまうような寒い日だった。
 A.Co.の事務所では久しぶりに全員が揃っていた。
 史緒は自分のデスクに座り、部屋のあちこちに散らばるメンバーに事務的に言葉を投げる。
「───というわけで、無事に仕事の調整もつきました。予告通り、年末年始は異例の長期休暇になります」
 長期休暇と聞いて室内の空気が弛まる。あからさまに喜ぶ姿もあり史緒は苦笑しながら続けた。
「早い人は明日から、かな。年始は17日の月曜日から。私は三が日以外は電話番もかねて事務所にいる予定だから、有事の際には連絡ください」
「はいはい!」蘭が勢いよく手を挙げた。「あたしと祥子さん、明日からあたしの実家に行ってきます! おみやげ買ってきますね」
 今から楽しみな気持ちを抑えきれない蘭は声を大きくして言った。
 健太郎も手を挙げた。
「俺も実家。急用あったら電話かメールくれれば対応するよ」
「大丈夫だと思うけど」
「なにかあったときに、仲間はずれにされるのが嫌なの」
 すると、蘭が健太郎に近づいて不満そうにこぼした。
「ケンさんも一緒に行こうってお誘いしたのに、断ったのはご実家に帰るからなんですね」
「いや、それだけじゃないけど」
「どういうわけ?」
「だって、祥子。蘭の実家って言ったら…」
「え…? …って、あ!」
「おまえ、今更気付いたの?」
「だ、だって」
 祥子は蘭の実家が海外だということは知っていた。パスポートも取った。しかし祥子はあることを失念していた。蘭の実家は有数の大企業を抱える資産家だということを。
「俺も蘭の実家にはすっげー興味あるけどさ、気後れしそうだから今回はパス」
「え? え? なんですか〜。あたしの家がなに〜?」
「なんでもないって。蘭、おれは次の機会にでも挨拶させて」
「はーい」
 健太郎は祥子にいじわるく声をかけた。「帰ってきたらどんなだったか教えてくれよな」祥子は自分の考え無しを嘆くように項垂れていた。
 蘭はさらに史緒に声をかけた。
「史緒さんのお誕生日、近いですよね。プレゼント送りますから!」
「ありがとう」
 史緒は笑って返す。
 騒々しい蘭たちをよそに篤志は司に言う。
「俺は実家に顔見せるのは年明けてからだな。そっちの予定は?」
「僕は適当に。三佳は26日までバイトだっていうし」
「史緒は?」
「年明けたら確定申告の準備しなきゃならないの。年内いっぱいは事務処理。のんびりやるわ」
 それを聞いて三佳は冗談じゃない、と首を横に振る。
「そうはいかない。大掃除、手伝ってもらうからな」
 史緒は吹き出した。
「はいはい」


 最初に気付いたのは祥子だった。
「……えッ?」
 弾かれたようにドアのほうを向く。
 それはあまりに唐突だったので、史緒は訝って訊いた。
「どうしたの?」
 祥子はドアから目を離さない。
「誰か…」
「なに?」
「くる」
 ばんっ
 ノックも無しにドアが開かれた。それと同時に高く大きな声が響いた。
「こんにちはーっ」
 ドアを蹴破ったのではないかと思わせるような勢いで高校生くらいの少女がやってきた。祥子から遅れて、全員がその少女へ目をやる。場の空気を壊したことなど気にもせず、少女はにっこり笑って言った。
「史緒、います?」
 とりあえず、一番ドアの近くにいた篤志が応対する。
「失礼ですが、あなたは?」
「あたし? 史緒の友達」
 来客者が人なつっこい笑顔で答えると、一拍おいたあと、何故か全員、史緒ではなく祥子のほうを振り返った。
 愕然としたのは祥子も同じで、周囲からの視線でやっと我に返る。この場合、首を振るのは縦なのか横なのか迷う。しかしその表情からメンバーは察した。史緒の友達、というのは間違いない。そんな嘘を吐く必要性は無いと思うが、全員が一瞬疑ってしまったのだ。
「藤子」
 史緒は慌てて立ち上がり、デスクから離れた。
「やっほー」
「何の用?」
「あ。冷たい」
 史緒は藤子に迫り、耳元で凄むように言う。
「何の用かって訊いたのよ」
「まぁまぁ、せっかくなんだから紹介してよ」
「……」
 業務時間内に押しかけてきて、せっかくだからもないもんだ。藤子の意図は知れない。それでもここで紹介せずに追い返すのは不自然になる。
 史緒は突然の来客に驚いているメンバーに向き直って、藤子を紹介した。
「國枝藤子さん。私の…知り合い」
「もしもし? それじゃ、さっきのあたしの発言が嘘になるんだけど〜?」
「…友達」
 小さい声だったが、史緒にそれを言わせただけでも満足したようだ。
「そ。國枝藤子です。よろしく。あ、そっちの人は会ったことあるよね」
 来客者の女───藤子は、篤志のほうを見た。以前、夜中に史緒を送って来たときに顔を合わせたことがある。篤志のほうも思い出したようで、ああ、と声をあげた。
「ごめんね、あたしが付き合わせてるんだ。あんまり叱らないでやって」
 藤子のその台詞でピンときたのか、三佳が口を挟んだ。
「もしかして夜遊びの?」
「そうそう。あ、もしかして、史緒と同居してる子? うわぁ、一度、会ってみたかったんだ。すごく面倒見いいんだってね」
 次に、祥子が思い出したように言う。
「そういえば、前に、的場さんと御園さん以外に友達いるって言ってたのは…」
「あたしのこと? だと思うけど」
 ええと、と藤子は一同を見回して首をかしげた。
「なんで史緒の友達っていうだけでこんな珍しがられるわけ」
「そりゃあ…ねぇ」
 健太郎の笑い声が響いた。他はそれぞれ微妙な表情で視線を逸らしたものの、それが表す内容な同じもののようだった。
 たまりかねて史緒はもう一度訊く。
「なにしに来たの」
 藤子は今度はすぐに答えた。
「史緒の顔、見たくなって」
 しーん。
 室内の発言者が誰もいなくなる。不自然な沈黙になっても史緒が答えないので、幾人かが史緒のほうを振り返った。史緒は表情を崩して照れている。視線に気付いて顔を隠すがもう遅い。メンバーは素直に照れる史緒に驚いていた。
 ぽーん、と、終業を知らせる時報が鳴った。

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