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≪5/13≫
05.12/23(木)21時
史緒は藤子のマンションへ来ていた。住所は知っていたが、来たのは初めてだ。藤子と会うときは必ず外に出ていたので、お互いの家に行くこともなかった。もっとも、史緒は事務所(=家)には来ないよう言っていたのだけど。
当然、予想していたように、チャイムの応答は無い。ドアに耳を峙ててみても、とくに人の気配は感じられなかった。
(藤子…)
焦りが生じている。葉子が変なこと言うからだ。
(どこにいるの?)
ふと思いたって、史緒は小走りでエレベーターホールまで戻った。携帯電話を取り出し、アドレス帳の検索をかける。
(なにか知ってるかも)
その人物に電話するのは初めてだった。
コール8回でやっと繋がった。かなり間があって「…もしもし」というあきらかに怪しむ声が返った。
「北田さん? あの、突然ごめんなさい。阿達です」
北田千晴。藤子の恋人。最初から彼に連絡を取っておくべきだった。史緒が知る中で、もっとも藤子に近い人間だから。
「……阿達?」
「藤子と連絡が取れないんです。北田さんは藤子の居場所、ご存じないですか?」
何故か沈黙。口数が少ない人だということは知っている。史緒が辛抱強く待っていると、北田は思いの外、強い語調で言った。
「藤子を捜すのはやめたほうがいい」
「え?」
「そのうちわかる」
「…どういう意味?」
「もうかけてくるな。君とは馴れ合いたくない」
「北田さん?」
ぷつり、と電話は切られた。
史緒は迷うことなくリダイヤルする。すると今度は着信拒否されていた。次に苦情覚悟で非通知でかけてみる。非通知は許可しているらしく繋がった。しかしいくら鳴らしても北田はでなかった。
(捜すのはやめろ…って、どういうこと?)
──君とは馴れ合いたくない
(馴れ合いって…)
もしかして嫌われていたのかもしれない。そう考えると軽くショックだった。
マンションの管理人は101号に住んでいるらしく、史緒はそこを訪ねた。
「夜分に申し訳ありません。502号の國枝の友人です。彼女、最近、帰ってきてますか?」
夜の9時を過ぎて訪問した史緒に、当然、管理人は良い顔をしなかった。夕食を終えてテレビでも見ていたのか、ラフな格好の中年女性が玄関から顔を出した。
「國枝さんは、何日か前にスーツケース持ってでかけましたよ。わざわざ挨拶に来てくれましたもん。しばらく旅行で留守にするって」
「旅行!?」
どっと押し寄せた脱力感。人騒がせな、と文句を言いたくなったが、それでも史緒は安堵に胸をなで下ろした。旅行なら部屋にいないのは当たり前だし、連絡がつかないのも納得はいく。
(……でも)
由眞になにも言っていかないのはおかしくないだろうか。それとも千晴は知っているのだろうか。
「それは何日のことですか?」
「ん〜、2日前…21日かな。ちょうどこのくらいの時間に。夜でかけるのも変だな〜と思ったんですけど」
「すみません、國枝の部屋を開けていただくことはできませんか?」
「できるわけないでしょ」
「お願いします、緊急なんです」
「無茶言わないで。…保証人ならともかく」
管理人の主張は正しい。ただの友人というだけではどうにもならない。史緒は必死で上手い言い訳を考えたが、管理人を納得させられるだけのもは浮かばなかった。しかし、ふと閃く。
「もしかして…、國枝の保証人は、桐生院という人物では?」
管理人は少し考えてから訝しげに言った。
「そうですけど?」
*
「後でもめても困るんで、すぐ出てもらいますよ」
前を行く管理人は不満げな表情で振り返った。
「ええ。お手数おかけして申し訳ありません」
史緒は桐生院に電話をして、委任状をFAXしてもらった。───よくよく考えてみれば、藤子だけでなく、史緒たちが構える事務所の連帯保証人は桐生院由眞となっている。すぐに気付くべきだった。
委任状で納得はしてもらえたものの、それでもしぶしぶと管理人は鍵を持ってきて、史緒の前を歩く。
「國枝さんは、最近の若い子にしちゃイイ子だよね。挨拶もしっかりしてるし、滞納もないし。最初は、なんでこんな子供がウチみたいなところに、パトロンでもいるのか、って噂になったもんだけど、保証人がどこかの会社のお偉いサンだって聞いて納得したもんだ。なんだか高価そうな車に乗ってきて、丁寧に挨拶に来たよ」
「…そうなんですか」
史緒は適当に相づちを返しておいた。
藤子が旅行に出たのならそれでいい。スケジュールやパンフレットの類が部屋に残っていれば安心できる。もし別件でも、なにか手がかりが残っているかもしれない。
「すぐに出てもらうよ」
管理人はもう一度念を押して、藤子の部屋の鍵を開けた。
史緒ははじめて藤子の部屋に入った。当然、室内は真っ暗。照明は付いてない。
スイッチを探そうと壁に手をやったとき、史緒は視界の端に小さく光ものをみつけた。
(なに…?)
緑色の光が史緒の手元でゆっくり点滅している。
ぱちり、と電気が点いた。後ろにいた管理人がスイッチを入れてくれたのだ。
光っていたのは、靴箱の上に置かれた携帯電話だった。
「……なんで?」
見覚えがある。藤子のものだ。史緒はそれを手に取ってフタを開けた。ディスプレイに文字が表示される。
【着信 4件】
3回は史緒がかけた。もう1回は由眞だ。
それにしても、どうして藤子は携帯電話を置いていったのだろう。純粋に忘れていったのか、それとも…。
靴箱の上には、もうひとつ、小さな紙切れが置かれていた。どうやら携帯電話はその紙の重しにされていたらしい。
(なに…?)
二枚折りのメモ用紙。史緒はそれを手に取り、開いた。
bye.
小さく一言。特徴のある丸文字。
「……藤子?」
史緒は青ざめた。
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