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08.12/23(木)23時

 藤子は新宿のWホテルに宿を取っていた。
 WホテルはJR新宿駅の南口から徒歩15分のところにある。都庁のすぐそばだ。休日深夜のビジネス街に人通りは無い。クリスマスのイルミネーションが道を照らすだけで、通りは静まりかえっている。甲州街道を走る車の音が遠くに聞こえていた。
 藤子は外で食事をして、ホテルへ帰る途中だった。
 足を止めた。数メートル先に立つ人影に気付いたからだ。あれだけひどい気配を漂わせていたのに、今日はそれがない。
「24日って言ってたじゃん、うそつき〜」
 そう言うと暗闇から声が返る。
「今日、会社休みだったんですよ。祝日だってこと忘れてました」
「だから早く片づけておこうって? 相手の都合を考えない男はいろんな意味で失格」
「今日できることは今日済ます質(たち)なんです」
 藤子は遣りづらさに頭が痛くなった。新宿のど真ん中と言っても暗い通りは暗い。それから言い訳にもならないが、動きづらい服を着ている。24日と言った予告違反をする人物にも思えなかったので本当に油断していた。
「大人しく付いてきてもらえませんか」
「どこへ?」
「人気(ひとけ)のない場所に」
「ここだって、人気(ひとけ)は無いじゃない」
「大人しく一緒に行くのと、眠ってるあいだに連れていかれるのはどちらがいいですか」
「第3の選択はない?」
「ありません。───…っ」
 音も、前触れもなく、鈴木の右頬に赤い線が走った。
 同時に、背後の街路樹にナイフが突き刺さる音。タンッ、と軽い音が、刃物の鋭利さを物語っていた。この距離で、カーブを描かずにほぼ直線的に空を切ったナイフ。そんな筋力があるとは思えない細い腕を向けたまま、笑みが消え去った藤子の両眼が鈴木を見つめていた。
 3秒後、鈴木の頬から赤い液体が滴り落ち、顎を伝い、静かにアスファルトに落ちた。
「鈴木くんの力量は量れたつもりだけど、無様でも、抵抗することにしたから。───次は眉間よ。外すつもりはないわ」
 足を少し開き、構えを取る藤子の姿を見て鈴木はにやりと笑った。
「意見が合いますね。わたしも、國枝さんを逃がすつもりはありませんよ」
「!」
 不意に間合いを詰められ、咄嗟に藤子は退いた。そのまま刃先を向けようとしたが投げの姿勢にはいっていたので構え直す暇はなかった。それくらい速かった。鈴木の蹴りは完璧には避けきれず、腹にくらった衝撃にアスファルトの上に手をついた。
 すぐに体勢を整え構え直す。
「顔は避けました」
「げほっ……。さすがに、懐に素手で攻撃するような馬鹿はしないかぁ」
「もちろん。対ナイフ使いの初歩です」
「ナイフ使い…って、ダサいよ、それ」
「じゃ、刃物使いで」
「……シブいかも」
 無駄口を叩きつつも藤子は鈴木の動きを瞬きもせず観察しつづける。
 鈴木が、一歩、踏み出した。
「…っ」
 藤子は素早く身を翻した。先日の受け身一貫と比べて鈴木の動きはまるで違う。体格からは考えられないくらい俊敏な動き、なにより藤子とは腕力の桁が違う。
 予期した鈴木からの攻撃は無かった。少しの間の後、ゆっくりと近づく足音が響いた。
 藤子は大して動いてないはずなのに、緊張の為か息が乱れている。
(…飛び道具は持ってないはず)
 息を整えながら、藤子は構えた。

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