キ/GM/41-50/43
≪11/13≫
11.12/25(土)04時
史緒はWホテルに泊まった。
23日夜にホテルへ戻らなかった國枝藤子の荷物は、24日のルームクリーニングで回収され、3日間保管の後、宿泊カードに書かれた住所へ着払いで送られる。藤子は宿泊カードに由眞の住所を記入していたので荷物の送付先は由眞のところだ。
由眞との電話を切った後、史緒がWホテルのフロントへ駆け込んだときは夜8時を回っていた。最初、話が通じないのでおかしいと思ったら、藤子は偽名で泊まったらしい。よくよく考えれば、足跡を残さない生活をしている藤子が本名で泊まるはずがない。
國枝紫苑。
(紫苑…って、確か、桐生院さんの孫の名前じゃない。苗字は知らないけど)
毎回同じ名前を使えっていればそのうち足が付く。その都度、変えているはずだ。もしかしたら史緒の名前を使われていることもあるのかもしれない。
偽名の謎が解けてフロントと話が繋がったのはいいが、藤子の荷物を検めさせてもらうことはできなかった。ホテルの信用を考えれば当たり前のことだ。荷物の発送先である由眞に話を通してもらおうとしたが、由眞は史緒の動きを止めようとしているし、今は史緒が追われる立場になっているので由眞へは連絡できなかった。それにおそらく、藤子は居場所のヒントとなるものを残していないだろう。結局、史緒は荷物を見させてもらうことを諦めて、シングルの部屋を取った。
史緒はベッドの上に、着替えもせず寝ころんでいる。
夜が明けたあとの行動を考えなきゃいけないのに、わざと思考を閉ざした。怖いことを考えてしまうから。
(まるであの頃のようだ)
ひとり、部屋に閉じこもっていた、ネコを胸に抱いて、なにも考えないようにしていた。
櫻が怖いわけじゃなかった。
櫻の顔を見るのが怖かった。櫻の顔は別の人を思い出させるから。
(怖いのはそのままでいいから)
(この怖さが薄れなくてもいいから)
(おねがい)
(───その理由を早く忘れたいの)
櫻によって記憶を引き出されるのが怖かった。
傷つけられてもいい。だから思い出させないで。
思い出させないで。
(───大丈夫)
もう忘れたから。
昔、桜の下で見た櫻の罪を。無力だった自分を。
崖のうえで櫻が言い遺したことも。
携帯電話の効果音が鳴った。
うとうとしかけていた史緒は、見慣れないホテルの天井を見て現状を把握する。史緒が起きあがる前に電子音は途切れた。
(なに…?)
次の瞬間、史緒は目を瞠った。今のは自分の電話の設定音ではない。
(藤子のケータイ…っ)
ベッドから飛び起きる。ドレッサーの上の藤子の携帯電話を掴み取った。キーを押してバックライトを点灯させると、メールが届いている。
他人のメールを勝手に…、などとは考えられなかった。史緒は躊躇なくメールを開いた。
「國枝藤子の現在地
ワビユノー ビル屋上」
本文はそれだけ。
迷っている余裕は無かった。
史緒はベッドサイドの電話に飛びついた。
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