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20.12/25(土)15時
篤志が訪れると、葉子はうんざりという表情を見せた。
「阿達さん? 午前中に来たよ。なんなんだおまえらは。いったりきたり騒々しいな」
仕事の邪魔するな、と文句を言われたが、それくらいは葉子の挨拶みたいなものだ。篤志が中学生の頃からの付き合いなので、谷口葉子の口の悪さには慣れている。
「國枝さんのことは聞いた?」
篤志が切り出すと、葉子はあからさまに嫌な顔をした。「驚いたな。関谷くんもあいつと知り合いなのか」
「いや、ほとんど喋ったこともない」
「それはよかった。あいつとは関わるな。阿達さんにもそう言っておきなよ」
葉子はいつものように投げやりな態度で言うと、すぐに仕事に戻ってしまう。篤志は声を抑えて言った。
「國枝さんが亡くなったこと、史緒は言わなかった?」
がんっ、と机が鳴った。葉子が叩いた音だ。
顔を上げると、信じられない、という表情で篤志を見る。なんだって、と唇が動いた。しかし葉子は声を失くしていた。たっぷり10秒の沈黙のあと、葉子は篤志を睨み付けた。
「阿達さんはどこだ」
「それを探してる」
「あの馬鹿が…っ」
吐き捨てたあと、葉子は電話に手を伸ばした。暗記しているのか10桁の番号を信じられない速さで押すと、受話器に噛み付くように声を張り上げた。
「青嵐っ」
「あ〜ら、葉子ちゃん。お久しぶり」
耳を近づけて篤志も相手の声を聞いた。葉子の勢いとは反対に、やけにのんびりした男性の声だった。葉子はイラつきを隠せない様子で言葉をつむぐ。
「なにが起きているかは知っているだろう」
「もちろんよ。警察はとっくに動いてるわ」
「なんでこんなに静かなんだ。それとも裏(そっち)は騒いでいるのか?」
「こちらもまだ静かなものよぉ。警察が身元確認に手間取ってるの。それと情報が流れないのは桐生院由眞が圧力をかけてるからよ。───慌てることないわ。あと2、3日もすれば明るみになる。國枝がいなくなったことでパワーバランスが崩れて…、勢力争いが見物ね。ええ、もちろん阿達がこれからどう動くかも重要な要素だけど」
「阿達さんに会ったのか!?」
「いちいち大声出さないで。来たわよ。3時間くらい前」
「なにしに?」
「仕事よ」
「内容は?」
「愚問ね」
この業界では自分の体より守らなければならないものがある。それは守秘義務だ。そのルールに倣い青嵐は口を閉ざした。
しかし想像は容易い。
「どうして止めなかったんだ」
「どうして止めなきゃいけないの?」
「阿達さんがなにをしようとしているのか、それくらい判るだろう」
「もちろん、判った上で訊いてるのよ。どうして阿達の復讐を止めなきゃいけないの?」
「……ッ」
葉子が歯を食いしばる音を聞いた。篤志は2人の情報屋のやりとりに言葉を挟むこともできなかった。
篤志は葉子の副業を知っていても、葉子と仕事の付き合いをしたことは無かった。何故か史緒はそういう仕事は他のメンバーには回さず、すべて自分でやっていたからだ。
谷口葉子。そして、青嵐。彼らの口から語られる史緒は、篤志のまったく知らない史緒だ。果たして史緒は彼らとどんな付き合いをしていたのだろう。
「ねぇ、葉子ちゃん。そこに誰かいるでしょう?」
「!」
「國枝藤子の死亡を知った表の情報屋はおそらくあなたが最初よ。そこに誰がいるの? 誰に聞いたの?」
「愚問だ」
情報提供者(ニュースソース)の個人情報を守る、それも守秘義務のひとつだ。
「まぁいいわ。ともかく葉子ちゃんも、阿達のことは放っておきなさい。数日のうちに決着するでしょ」
「馬鹿言うな。それじゃあ手遅れだ」
「葉子ちゃんがそんなにお人よしだとは知らなかったわ。それにずいぶんと過保護。あの子が子供だから?」
「そうじゃない。阿達さんは表(こちら)の人間だ、そちらのルールで語らないでくれ」
「それはどうかしら。國枝と関わった時点でカタギとは言えないと思うけど。國枝が死ぬ蓋然性を阿達がちゃんと予測できていたなら、今回の行動は計画的なものよ。そうでなければ、ただの馬鹿の暴走。…放っておきなさい。阿達は自分の責任でもって、後始末をするでしょう」
「しかし、このまま放っておいたら、最悪なケースも起こりうる」
「当たり前のこと言わないで。私たちはそういう世界にいるのよ」
「阿達さんは違う」
「さっきも言ったじゃない。國枝と名前を連ねていたのよ? 裏の連中(わたしたち)はそうは思わないわ。…わかってるの? 阿達がなにもしなくても、それはそれで大事(おおごと)なのよ」
「どういう意味だ」
「國枝と阿達はお互いの立場を利用していた。阿達だって、國枝の威を借りていたからこの業界で大きな顔していられたんじゃない。國枝がやられて、阿達がなにもしなかったら、この先、阿達はこの業界で生きられないわ」
(……)
正直、篤志は葉子と青嵐の会話に付いて行けなかった。篤志が持つ國枝藤子のイメージと、あまりにも違いすぎるのだ。藤子とは2回面識がある。1度目は夜遊び帰りのタクシーの窓越しで、2度目は事務所に押し掛けてきた。どちらも明るい笑顔が強烈に印象深く残っている。文隆たちから彼女が殺し屋だと聞かされても、それが事実だと知っても、國枝藤子という人間をうまく捉えることができなかった。
史緒についても同じだ。
(あいつ…、なにやってたんだ)
史緒が裏と呼ばれる世界で顔が利くとは思いも寄らなかった。一緒に仕事をしていたはずなのにまったく知らなかった。篤志は史緒の業務内容を把握しているつもりだったがそうではなかったのか? 疑惑が生まれてしまう。史緒はA.CO.で、他のメンバーが気付かないまま、一体なにをしていたのだろう。
「葉子ちゃん。阿達を子供扱いするのは感心しないわ。あの子が大人だっていう意味じゃないのよ。子供だからなんて関係無い、裏(こちら)にいる以上、責任は取ってもらうわ。私はね、秩序を乱す人間は大嫌いなの」
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