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■11


 瞼を開けると一面に青が広がった。

「────ッ」
 青い。
 吸い込まれるかと思った。
 暖かいベッドの中。ゆっくり意識を戻す余裕は無かった。その深い青に、意識ごと奪われて。
『あ。目、開けた』
 空が喋った。わけではもちろん無い。
 その空の色が瞳の色だと気づくのには少し時間が掛かった。
 青い眼の女が顔を覗き込んでいる。その瞳から目を逸らせなかった。
『へいき? どこか痛いところある?』
 その青さに惹かれて、まばたきさえできない。
 遙か幼い日、屋上で見た空。彼女が溶けると言った空。
 その青をこの眼で知覚したのは、いつ以来だろうか。
『ひどい怪我は無いらしいの。でも体が弱ってるんだって。見つけたときはホントに冷たくって、もうダメかと思ったんだよ。あのね、もう4日も経ってるの。船の上から見つけてね、“人魚姫(プリンセス・マーメイド)”の王子様かと思った…なんて、不謹慎だよね、ごめんなさい。ええと』
 ひとりで盛り上がっていることを恥じたのか声のトーンが落ちる。
『…英語、わかる? ───あの、あたし、ノエルよ。ノエル』
 女は身振りで示す。
『あなたは?』
「…」
『ん?』
 ノエル。聖夜、冬の歌。それなら。
「……春」
『ハル? HAL9000のハル? それが名前? よかったぁ、ちょっと待ってて、なにか食べられるもの持ってくるね。あと、通訳さんも手配しなきゃ』
『───その目』
『え?』
『その目には、空が青く見える?』
 言葉が通じることに安心したようだった。
『ハルは、青くないの?』
『ああ』
 はじめて。
 はじめてこの眼のことを他人に話した。
 静かな衝撃がある。
 女は大きな青い眼を丸くする。それは宇宙から見た地球の写真に似ていた。
 眩しい青に胸が苦しくなって眼を逸らす。全身が痛くて重い。身体を横にするのが精一杯だった。すると、女は病人相手に容赦なく毛布の上に乗り上がり、体重を掛けて顔を覗き込んでくる。薄茶のやわらかい髪が降って、青い眼に捕らわれた。
『もしかして黒いの?』
 眼の色から判断したのだろう。答えないでいるとそれを肯定と解(と)ったらしく慌てて振り返り、
『マーサ、大変! レイリー卿の散乱係数は瞳の色によって違うみたいなの!』
 と、かなり間の抜けていることを言った。


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