/GM/41-50/48
5/25

*  *  *

 三佳は混乱していた。
「史緒は君を殺したと言ってる」
 そう言った司に、
「そのとおり、俺は史緒に殺されたんだ」
 と、櫻は嗤った。
 殺したって? 史緒が??
 櫻は生きているのだから、当然、未遂なんだろうけど。───史緒が?
 どういうこと?
 その史緒は穏やかな表情で、遠い目をした。
「2人とも、今はもういないの。左の男の子はずっと昔に…事故でね。右の男の子も、やっぱり事故で、今は失踪中ということになってるの」
 断片的な情報からでも、見えてくることはある。
 写真の双子は史緒の「兄」達。
 司は、櫻は史緒の「兄」だと言った。
 つまり、写真の双子の片方は櫻。顔は似ていても、どちらが櫻かは明白だった。右が櫻だ。
 右───失踪中?
 殺されたって、どういうこと?
 櫻に双子のきょうだい。左が、蘭の初恋の男。
 左───事故で亡くなった?
 三佳の知らない史緒たちの過去。櫻との遭遇。
 なにか、起きている気がする。


「手を退いてって、僕は言わなかったっけ?」
 三佳の話をひととおり聞いたあとに、司は軽く嫌味を言った。
 司の部屋、キッチンのテーブルの向かいに腰を下ろす彼は、話の途中からずっと壁に顔を向けている。ぎこちない空気にいたたまれなくなって、三佳は素直に謝った。
「…ごめん」
 櫻と遭遇した日、司は三佳に口止めした。櫻のことを史緒に言わないよう、そしてこれ以上追求しないようにと。
「らしくないね。どうしたの? そんなに史緒のことが心配?」
 顔を背けたまま、司の口調はいつもより厳しい。三佳を責めているようでもあったし、なにかを考え込んでいるようでもあった。
「心配、というか」
 心配なんかしてない、という口調で答える。
「ただ…、司の言ったとおり、史緒が櫻を……殺した、と思いこんでいるなら、実は生きてることを教えたほうがいいんじゃないかと思って」
 故意でも過失でも、史緒は、櫻が失踪するに至った過程を後悔し、苦しんでいるかもしれない。史緒の過去を知らない三佳は、憶測することしかできないのだけど。
「それはないよ」
 重く喋った三佳に対し、軽すぎるほどすっぱりと司は返す。
「三佳がなにを考えているかは大体判るけど、櫻が生きていると知ったって、史緒は絶対に喜ばない」
 厳しく言い切った言葉に、三佳は探ることもできない事情があることを察する。
 ──俺は史緒に殺されたんだ
 そう言って嗤った櫻の声が、思考から離れてくれなかった。



 司でさえ、櫻と史緒のあいだになにがあったかは知らない。それでも、櫻が生きていると知って史緒が安堵するはずがないことは判る。もしかしたら、「櫻を殺した」ことについて後悔はしてるかもしれない。でも、再開して喜ぶことはない。これは絶対だ。
 それより、司が気になっているのは、櫻の双子のきょうだいのほうだった。
 櫻が双子? それを知らなかったから、例の写真に写っている男の子が櫻だという可能性を、早いうちに除外していた。何年もあの家に住んでいたのに、聞いたこともなかった。
(…いや、そういえば一度だけ)
 司は過去を思い返す。
 咲子の葬儀の日、咲子の父親である新居誠志郎が言った。
「咲子は成人まで生きられないと言われていた。それが結婚までして、3人も子供を産んだ」と。
 3人、と。
 あのときは、新居の言い間違いかと思っていたが(聞き間違いは絶対にない)、それは司が知らないだけで、事実だったというわけだ。
 それにしても。
 櫻の双子のきょうだい。史緒のもう一人の兄。
 司が阿達家に出入りし始めた頃にはすでに、あの兄妹の間には迂闊に訊くこともできない緊張感と、尋常でない不和があった。
 それより以前に、無邪気に笑う史緒が櫻と同じ写真に写っている時期があったというなら、その時期に2人の間になにかあったことは容易に推測できる。そして同じ時期に、3人目のきょうだいが亡くなっている。
(蘭の初恋の相手…、か)
 引っかかるのはそこだ。
 先日、写真が話題になったときも思ったことだが、篤志に一目惚れし、心酔していると表現してもよい蘭が、それ以前に好意を寄せていた人間など想像できない。
「……」
 さらに記憶を探る。
 篤志と初めて会って間もない頃、司は和成にある質問をした。和成は声をあげて驚いて、それを否定した。
 ──あの2人? 全然似てない…と思う
 うん、そう返されるだろうなとは思った
 ──どういうところがそう思うわけ?
 不気味なくらい他人のことをよく見てる。
 そしてそれは。
 多分、同じものだ。
 ──篤志さんは史緒さんを裏切りません。それだけはわかります
 蘭は司を安心させるように笑って、言い切った。
「司?」
「!」
 三佳からの呼びかけに思考の海から引き戻される。司は簡単に現状把握と話題の進行を思い出す作業をした。
「…うん?」
「余計なことだった? 写真のこと」
「いや、貴重な情報だったよ。教えてくれて良かった」
 司の頭にはひとつの可能性が浮かんでいる。いや、可能性という言葉さえ似つかわしくない、あやふやな想像。
「なんか、……このままじゃ済まない気がしてきたよ」
 そして想像というものは大概、材料があって生み出されるものだ。


5/25
/GM/41-50/48