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 いつもと同じ、静かな夜だった。
 家族が寝室へ入り、家の中に人の気配が薄れた頃、それはきた。
 静寂を打ち消す電話のベルが鳴る。
 長いあいだ鳴り続け、眠りについた空気を掻き乱すには十分なものだった。まるで異常を報せるサイレンのように、容赦なく無機質に、家の中に響き渡った。
 篤志がその音に起こされ意識がはっきりしてきたとき、その音が不自然にやむ。父か母が、受話器を上げたのだろう。
 ドアの向こうから母の悲鳴が聞こえた。
「!」
 一気に眠気が醒め、何事かとベッドから抜け出す。同時にドアが外から開き、暗闇の中から母が現れた。
「篤志っ! 咲子が…っ!」
 電話は訃報を報せてきた。
 いつも落ち着いていて頼もしくさえある母が、取り乱し、声を震わせている。近寄り、声をかけ、慰めたかったけれど、篤志は足を動かすことができなかった。
 ショックを受けていた。
 部屋の中は暗く、篤志の背後の窓から、カーテン越しのやわらかい月の光が差している。自分の影が、ドアのところに立つ母まで伸びていた。
「篤志」
 動けないでいるうちに父もやってきて、母の手を取り、体を支える。そして篤志のほうを見た。暗闇の中で、お互いの表情はよく見えないはずだ。
「大丈夫か?」
「…うん」
「そうか」
 父の気遣うような深い声に、胸の中が揺れる。
「母さんは部屋に戻ろう。朝になって、あちらが落ち着いた頃にまた連絡しよう」
「あなた、でも…っ」
「一人にしてやるんだ」
「…っ」
「───お父さん」
「ん?」
「お母さんをよろしく」
「生意気言うな」
 父はわざといつもと同じ声を残して、そのままそっとドアを閉めた。
 篤志は部屋の中でひとりになった。
 家は静寂を取り戻し、人の気配に薄められた薄闇を、また満たしていく。今あった会話が夢の中の出来事と思わせるような、非現実感。
 自分の影が鮮やかに床に映る。振り返り、カーテンを開けると月が燦としていた。
 寝静まった街を照らす月光に包まれる。静かなのに、熱い。
 ようやく涙が出てきた。
 一人じゃないと判ったから。
 同じ悲しみを持つ存在が、同じ月を見ていると、理由もなく判ったから。


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