/GM/41-50/48
12/25

*  *  *

 父は前を見据えている。
 その父を仰ぐ。
「欲しいものを口にすることは決して悪いことじゃない。でも気をつけなさい。それはときに、人を悲しませる。それが得難いものならなおさら」
「どうして悲しむの?」
「それをおまえに与えてあげられない不甲斐なさが、とても辛いんだ」
 中学生の篤志にはよくわからなかった。
「お父さんは、なにが欲しかった?」
 父は大きなてのひらで篤志の頭を撫でる。
「そうだな、俺はもう手に入れたから、篤志になら言ってもいいかな。父さんは昔から───好きになった女性と恋愛して、結婚して、子供を育てたいと思っていたよ」

 篤志は後になってから知った。
 かつて父はその願いを口にして、母を悲しませたことがあるのだろう。



*  *  *

「ごめんなさい! ごめんなさい…っ」
 関谷高雄は、結婚したばかりの妻の謝罪を唖然として聞いていた。
 立ちつくし、声を出すこともできない。それを告げられたとき、全身の力が抜けてしまって、視点さえ定まらない。
 目の前で崩れ落ちる妻を前に手を差し伸べることもできなかった。
「高雄さんッ、ごめんなさい!」
 涙混じりに謝り続ける痛々しい姿に狂気さえ見えた。
 ───どうしてこのとき、声を掛けてあげられなかったのだろう。
 傷ついていたのは、彼女のほうだったのに。
 妻が哀れだった。追い込んでしまったのは高雄自身だ。それなのに、まるで他に言葉を知らないようにひとつの言葉を繰り返す妻に、こちらから謝ることもできなかった。
 妻は何度も謝罪を口にする。何日も。何ヶ月も。
 ぎこちない関係が続いた。
 なにも知らない阿達咲子が、この家を訪れるまで。


12/25
/GM/41-50/48