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「和代っ!!」
高雄は自宅の玄関に駆け込んだ。
何回かけても電話は繋がらなかった。篤志がかけたときの「話し中」とは違う。何度コールしても呼び出し音が途切れることはなく、また、留守番電話にも切り替わらなかった。和代が出掛けているならそれでいい。けれど高雄は妙な胸騒ぎを感じていた。
普段は歩く駅からの道のりにタクシーを乗り付ける。マンションのエレベーター中でも、一度電話をかけた。高雄は気が急いて、携帯電話を握りしめたまま、自宅へたどり着いた。
玄関の鍵は開いていた。
そして、沓脱(くつぬぎ)に足を折ってうずくまる人影がひとつ。
「…和代?」
まるで眠っているように頭を垂れて、ぐったりと壁に肩を預けている。家の中はしんとして、他に人の気配は感じられない。
「おいっ、大丈夫か」
肩を支え、起こすと、和代は弱々しく頭を上げた。
「……あなた」
ひび割れた声が返る。
青ざめた顔に、泣いた跡。
「なにがあった!?」
和代は震える指で高雄の袖を掴む。
「…ごめんなさい」
「───」
過去に何度も耳にした嫌な響き。もうそれは禁じたはずなのに。
「櫻よ。ここに来たの。…私のことも、知ってた」
「!」
「訊かれたの。だから…私、…違う、って。…違うって!! ───だって、約束だったから。3人の。あなたと、篤志と。約束だったから」
「和代…」
「私から言い出したことだもの、だからちゃんと本当のことを言った。嘘を吐かなかった、でも」
言葉が割れ、喉が鳴った。和代は顔を歪ませる。泣いているのか、笑っているのか。
「不思議ね…。その一言を口にするのが、…すごく辛くて。初めから決めていたのに。私が言い出した約束なのに。自分の息子との関係を否定する一言が、こんなにも重いなんて、思わなかった。───あの約束を言い出したときの私は、そんなことも想像できないほど、…っ、解ってなかったんだわ! なんにも解ってなかった。3人で暮らすことが、どういうこと、なの、か…」
声を殺して泣く和代を抱き寄せる。それしかできなかった。
「辛いことを言わせて悪かった」
「───…ごめんなさい…」
「謝るなッ」
高雄と、和代と、咲子と。何年も前にこの家で交わされたやりとりが、仕掛けられたイタズラが、急速に収束しようとしている。
不安が無いわけじゃない。
ただ、当事者の一人であるのに、手出しすることはなにも無いことは解っていた。
「あとは篤志が決める。俺たちは息子が選ぶ未来を、ただ待っていればいいんだ」
未来を決めるのは自分たちではない。
篤志だけでもない。史緒や司、他の、息子を取り巻く仲間たち。そして櫻も。
あの若い連中が、そうと知らぬまま、未来を示していくだろう。
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