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 春も終わりの頃。
 日中の日差しは日に日に眩しさを増し、街を蒸す気温は体に暑い季節を思い出させる。新緑の鮮やかさが目に付き、もう、初夏と言っても良い季節だった。
 その日の夜は小雨が降っていた。夏が来る前に梅雨があることを思い出させた。
 関谷和代は夕食の後始末を終えて、一人、リビングにいた。ソファに腰掛け、なにをするでもなく、雨樋を叩く雨の音を聞いている。膝の上にある本をめくってみても、目はページを滑っていくばかり。内容が頭に入らないどころか、文字さえ追えなかった。テレビを見る気にもならない。ただ一人、照明の灯っている閑散としたリビングの空気を吸っているだけ。
 夫は夕食の後、自室へ戻っていった。最近はいつもそう。そのことを責める気はないし、責める事でもない。無気力で目を合わせようともしない妻を見ているのが辛いのだと思う。本当に、申し訳がなかった。
 時計の針が9時を回ったとき、玄関のチャイムが鳴った。
 来客がある時間ではないし、また、その予定もない。
(…誰?)
 和代は腰を上げて、訝りながらも玄関へと向かう。
「どちら様でしょうか?」
 鍵をあける前に問う。夫の友人かもしれないし、近所の人かもしれない。和代は何人かの顔を思い浮かべる。
 玄関の向こうから、戸惑うような声が聞こえてきた。
「あの、…和代ちゃん? …あたし、咲子です」
 寒さに震えるような、細い声だった


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