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 司と三佳が合流し、A.CO.7人のうち篤志以外の全員が事務所に揃った。
 ずいぶん気落ちしている蘭が「お茶いれます」と席を立ったので、三佳は自分がやると申し出たが蘭は首を横に振った。「やらせてください」と覇気のない様子で奥のドアへ消えた。
 そのあいだに祥子が司と三佳に事務所であったことを伝えた。史緒はまだ完全に調子を取り戻せていないようで、ソファに身を沈めて、祥子の説明に口も出さず耳を傾けている。健太郎はさきほどからノートパソコンに向かっていた。
 祥子の説明が一段落すると、今度は司が櫻と会ったことを史緒に報告した。その際、数日前にも会っていること、櫻が亨を捜していること、篤志に気を付けろと忠告したことは言わなかった。それがわざとだと判ったので三佳は口出ししなかった。
 一通りの情報共有が終わり、カップがテーブルに並べられて全員が座ったあと、史緒は改まった様子で言った。
「醜態を見せてごめんなさい」
 と、軽く頭を下げた史緒はいつもの調子に戻っていた。
「あの人は、阿達櫻。…この中で面識があったのは、蘭と司ね。───私の、兄なの」
「兄って、例の写真の?」
「ああ、…そっか。そういう意味では、みんな知ってるのね。そう、あの写真では右に写っていた男の子よ。失踪中ということになっているけど、3年前に死んだと思われていたの。私が───…」
 そこで突然、史緒は言葉に詰まった。
 三佳はその理由が分かってしまった。
 ──そのとおり、3年前、俺は史緒に殺されたんだ
 櫻が笑いながら言った。まさか史緒はそれを口にするつもりなのだろうか。
「3年前、私が……」
 それを聞きたくなくて三佳は思わず隣りの司の袖を掴む。
「史緒」
 言いよどむ史緒の言葉を切ったのは司だ。同時に、三佳の手がぽんぽんと叩かれる。安心させるように。
 その動作とは対照的に、司は突き放すような言い方をした。
「話が進まなくなるから、それは省略して」
「でも…」
「愉快な話題じゃない。それでも言わなきゃ気が済まないなら後にしてよ。それより、この先、なにをどうするかのほうがよほど重要だと思うけど?」
 史緒は口を閉じ、うつむく。
「………。…ともかく、櫻のことは私の家のことだし、当然だけど仕事は通常営業でいきます。櫻がどういうつもりなのか私は解らないから、なにがどうなるっていうのは今は言えないけど、今日、騒がせてしまった責任をとって、みんなにも、後からちゃんと説明するから」
 言葉に迷いながら、まるで吐き出すように史緒は言葉を紡いだ。そのあと少しの沈黙が続いた。健太郎は話を聞きながらもパソコンに向かっているし、三佳もそうだが祥子も事情をまったく知らないせいか言葉を挟めない。蘭はうつむいて顔を上げないし、司もなにか考え込んでいるようだった。
 その司が顔を上げて言う。
「そういえば史緒、喋りづらそうだけど、口、どうかしたの?」
 この発言には三佳も驚いた。司には見えないはずだが、史緒はずっと、濡らしたハンカチを頬に当てていた。三佳もいつ訊こうかと思っていたけどまさか司に先を越されるとは思わなかった。
 健太郎がぷっと吹き出した。
 三佳は、まさか櫻に手を上げられたのかと心配していたのに。
「あぁ、これ? 祥子に殴られたの」
 史緒は事も無げに答える。
「祥子ぉ?」
 意外な加害者の名前に三佳と司は声をハモらせる。祥子は慌てて割って入った。
「なぐ…って、嘘よっ、ちょっと叩いただけじゃない!」
「“ちょっと”? その割には効いたわ」
「上司に手を上げるとは、祥子もやるな〜」
「健太郎までなに言ってんの? あんただって、やって当然って顔してたじゃない」
「いや〜ぁ、俺だったら実際はやらないよ。たとえ男でも上司に手は上げない」
「どーだかっ! 気に入らない状況で健太郎が黙ってるとは思えないけど!」
「よく解ってるじゃん。だから、黙ってないで口は出すよ。誰かさんみたいに手は出さないけどな〜」
 余裕の切り返しに祥子は口を金魚のようにさせる。健太郎に反撃するのは諦めて、史緒へ言葉を投げた。
「わ、私は謝らないからねっ」
「え? うん、もちろん。ありがとう」
「………は?」
 どこか穏やかな史緒の反応に、気持ち悪いものを見たように祥子の顔が歪んだ。

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