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司に電話を替わったあと、三佳は椅子に座ってその会話を聞いていた。
と言っても、その内容はまったく理解できない。日本人訛はあるのだろうけど澱(よど)みない発音。司が英語で喋っているのを聞いたのは、知り合って間もない頃、一緒に蘭の家に行ったとき以来かもしれない。
電話を終えた司が振り返って笑った。
「僕らは貧乏くじ引いたね。なかなか面白いことになってるのに蚊帳の外だ」
三佳の正面に座り足を組む。飲みかけだったコーヒーを口にした。
「さっき、ノエル・エヴァンズって言ってた?」
「うん」
「それって、昨日、健太郎が言ってた、櫻と一緒にいるって人間?」
「そう、そのノエル。健太郎と祥子が駅で会って 蘭も合流するらしい」
「なんでまた」
「駅で迷ってたから声をかけたって言ってた」
「…健太郎らしいな」
思わず苦笑してしまう。ノエル・エヴァンズがどういう人柄かは知らないが、たとえ言葉が通じなくても、健太郎の好奇心に振り回されているかもしれない。さらに蘭が加わるなら最強、祥子がうまくフォローしてればいいけど。
「まぁ、都合はいいかな。もう少し時間稼ぎをしていて欲しいし」
と、言った司の表情から笑みは消えていた。
「…? なに? 時間稼ぎって」
「史緒たちのほうの話が一段落するまでは、邪魔しないでもらいたいからね」
「?」
「───そもそも」
司はわざとらしく溜め息を吐いて言った。
「阿達家の問題がここまでややこしくなったのは、篤志の責任だな」
「篤志?」
突然、別の名前が出て三佳は目を丸くした。
「どうして? 今回の件には関係ないんじゃないのか?」
「いいや、関係ないどころか、むしろ元凶だよ」
元凶とは、またずいぶん物騒な単語だ。
「篤志が?」
「そう。篤志は長いあいだずっと、史緒に言わなかったことがある。それを史緒が知ったとき、史緒は篤志を許せるかな」
そこでまた司は小さく息を吐いた。三佳の相づちを期待した科白ではなかった。
「笑って許せるとは、僕は思えないんだよね」
と、司にしては頼りない声で言った。
どうも三佳は納得いかない。篤志が史緒に言わなかったことがある、それはいいとして、それが今回の、阿達家の集まりに関係があるというのだろうか。
「実は僕もね、三佳に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「なに? 改まって」
そういえば最近、なにか言いかけていた。櫻の騒動でかき消されていたけれど。
司は静かに笑った。
「うん、でも、今はいい。史緒たちのほうが片づいてからにするよ」
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