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 ──目が覚めたとき、自分は死んでいた

 病院に運ばれた亨の意識が戻ったのは、亨の葬儀が終わった後だ。亨が目覚める前から、目覚めるかも判らないときから、咲子は動き始めていた。
 救急車の中、サイレンがうるさかった最後の記憶も、白い病室でやわらかい日差しを感じた最初の記憶も、手を握ってくれていた咲子が泣いていた。
 目が覚めた後も一週間は喋ることができなかった。痛みに意識が遠ざかり、痛みに叩き起こされる繰り返し。その間、ずっと考えていた。
 櫻のこと。
 異変があったのは気付いていた。原因は解らない。櫻はなにも言ってくれなかった。
 ちゃんと、もっと、話をすればよかった。強引にでも、櫻が苦しんでいることを聞き出せばよかった。
 咲子は櫻がああなった原因は知っているという。教えてとせがむと首を横に振った。ただ一言、ごめんなさいと謝罪を口にする。それは櫻に対してのものか、自分に対してのものかは判らなかった。
 亨が家に戻っても同じことの繰り返しになる。櫻にとって亨は感情をかき乱す存在になった。
「謝っても許されることじゃないね…。だけど、───だからあたしは、亨くんの存在を隠してしまったの」
 あなたはどうする?
 今ならまだ、笑えないいたずらを明かして阿達家に帰ることもできる。
 そして、別の名を名乗ることも。
 咲子は亨に選択の余地を与えた。もしかしたら、自身の早まった行動を悔いていたのかもしれない。
 櫻がどんな思いだったか、咲子にどんな事情があるか。どちらも亨は知らない。
 知らない。けれど。
「別の名を名乗っても、また、櫻に会える?」
 そう訊くと咲子ははっとした。
「きっと、近すぎたせいもあるんだ」
 なんでも解っているつもりだった。
 同じものを見て、同じことを感じているのだと思っていた。
 それがブレただけで冷静でいられなくなるほど。
 普通の分かり方を、2人は知らなかった
「だから、今度は友達に、なるよ。櫻や史緒と、また、会えるかな」
 咲子は泣いていた。亨はただベッドに寝ていることしかできなかった。
 指さえ、動かせないまま。
 そして半月も経った頃、咲子は関谷夫妻を連れてきた。

「亨は関谷夫妻の養子になり、新しい名前をもらった。それが、関谷篤志です」
 ──ごめんなさい
「咲子さんはそう言い残しています。もちろん俺からも謝罪を。…いまさら、簡単に受け入れてもらえるとは、思っていないけど」


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