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 しんとした室内には、いつもはあまり意識しないエアコンの音が満たされている。誰も口を開こうとせず、篤志が最後に言った言葉の余韻が長くその場に残った。
 史緒は変わらずソファに座り顔を上げていない。政徳も机の上に視線を置き、篤志の発言を咀嚼しているようだった。ただ一人、櫻がこちらを見ていた。
「言わなくてもいいかと思い始めていた?」
 過去を見透かすように櫻は言う。
「…ああ」
「だが、名乗らざるを得ない状況になった。それが史緒と婚約させられたこと。まさか結婚するわけにはいかないし、その気もない。婚約破棄させるためには名乗る必要があった」
「…それなら」
 と、政徳が口を挟む。
「跡継ぎになるのを断れば良かったんじゃないのか? 選択の余地は与えたつもりだが」
「そうすると別の男を連れてこられてしまう。それでは関谷にとって都合が悪かった」
「都合?」
「関谷の目的は、アダチの仕事をすること、かつ、史緒との婚約は解消。普通ならこれは矛盾しているように見える。しかし関谷は、それをどちらも思い通りにするカードを持っていた。そしてそのカードを出す時期はギリギリでも充分有効。おまえはそこまで考えたはずだ。あとは大人しく婚約者としていられるよう史緒を手なずけておく、そうすれば自分の立場を守っていられるからな」
「それは違うっ。いちいち誤解されるような言い方をするなっ」
 我慢ならずに篤志は史緒に駆け寄る。
「前も言っただろ、俺が史緒といたのは」
 ぱん、と伸ばした手を払われた。
「やめて」
「!」
 本当に史緒のものかと疑うほどの低い声が返る。史緒の上体が沈み、膝に付いた手に顔を埋めた。それを隠すように背中から髪が流れていく。
「私、は、櫻の言うことなんか気にしてない。…そうじゃない。どうして」
 指を髪に通し両手で頭を抱えて。
「どうしてあなたが、亨くんの名前を口にするの?」
 語尾が震える、湿った声。わずかに見えた顔は正面からこちらを見ることはなく、眉間に皺の寄った目が睨んでいた。
「史緒、俺は…、───っ」
 史緒は勢いよく立ちあがり、政徳に顔を向ける。
「頭を冷やしてきます」
 それだけ言うと篤志の横をすり抜けて、早足で部屋を出て行こうとする。
「史緒っ」
「待て」
 追いかけようとした篤志の足を政徳が引き留める。
「和成が行け。…おまえは残るんだ」
「…っ」
 和成は頷いて、ドアの向こう側へ消えた史緒の後を追う。篤志は歯を食いしばり、一瞬悩んだけれど、言う通りにするしかなかった。


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