キ/GM/41-50/49[1]
≪12/22≫
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こうなると予測できていたとはいえ、実際に起きてみると対処方法が思いつかない。
和成は後ろ手で扉を閉め、先に退室した史緒を追った。
史緒は肩をいからせて早足でエレベーターホールに向かっていた。
「史緒さん!」
呼びかけてもその足は止まらない。和成は走って、廊下の途中で史緒の手を捕まえた。が、すぐに払われる。
「あなたも知ってたんでしょ!!?」
千切れそうな声と同時に振り返る。乱れた長い髪のあいだから怒りに満ちた表情が見上げてきた。少しだけ、涙を滲ませて。
(だから早く解決しろって言ったのに)
篤志への恨み言とともに和成は舌打ちした。
史緒が大声を出したせいで、同じフロアにある秘書室から数人が顔を出した。和成はそれを手で制してとくに問題無いことを伝える。今日の来客については告知されているのだから騒ぎになることはないだろう。
史緒は震えるこぶしを握り、目を伏せて立つ。肩で大きく呼吸を繰り返し、激情を抑えているようだった。
「……篤志くんは、史緒さんを騙していたわけじゃないと思うよ」
「そんなの…っ、………ッ!」
込み上げるものが大きすぎて声にならない。唇が空振りして歯を噛む音が聞こえる。呼吸が荒くなり、鼻先が冷たくなったのか大きく頭を振った。
「私は…っ」
聞いているほうが喉が痛くなる絞り出すような声。けれど必死に抑えた声で史緒は言う。
「私は、…たぶん、櫻が生きてればいいって、そう思ったことが、あった、と思う」
鋭く息を吸う音が聞こえた。
「だけど今日まで! 一度だって! 亨くんが生きてるなんて、私は、願いさえしなかった!! だって櫻が、私の目の前で殺したから…、だから疑いも願いも、する余地なんて無かった。私の中で、亨くんはもう死んでるの! ───それが生きて………篤志?」
皮肉げに笑う。
「じゃあ、あの日、桜の下で傷付いたのは誰? いなくなったのは…倒れて、動かなくなったのは…血を流したのは、蘭と私が好きだった人は誰? そして、私のはとこで、高雄さんと和代さんの息子で、一番近くにいた、何年も一緒にいた仲間は誰? …誰なのっ?」
史緒の中の熱は収まらない。今にも泣き出しそう。こんな風に手のつけようがない史緒を見るのは久しぶりだった。
その怒りの理由は、篤志がずっと黙っていたことか、和成や蘭がそれを知り黙っていたことか、亨が生きていたこと、亨と篤志が同一人物だと受け入れられないのか、それとも…。
いずれにしろ今の史緒には、何が自分をかき乱しているか、それすら考える余裕が無いだろうけど。
「……和成さんは、いつから知ってたの?」
と、幾分落ち着いた声が返った。
「篤志くんと会ってから、…少しずつ、なんとなく」
「蘭は…───、櫻が言ってたわね。一目で判ったんだ…。だから、篤志のこと、好きって…」
「史緒さん」
呼びかけると、史緒は弱々しい顔を上げた。怒りは収まり、代わりに自嘲の色が浮かぶ。
「ごめんなさい。落ち着いて、一人で考えたいの。…一人に、してください」
そう言うと史緒は、和成の反応を待たず顔を背けて、エレベータホールに向かっていった。
史緒はエレベータを降りると、そのまま早足でフロントの前を通り過ぎ、エントランスをくぐって外へ出た。
(うわ…)
痛いほどの日差しを感じて反射的に仰ぎ、手を翳す。
ビルの間にいるので空は狭い。でも見上げれば青い空が見えた。
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