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「蘭の写真のことだけど」
 茶色のポーンを指先でいじりながら、司はゲームの戦況以外のことを口にした。
「うん?」
 盤上の戦局は今のところ三佳のほうが優勢。本当に珍しいことに司は対戦中に別の考え事をしているようだった。集中していない。
「櫻と亨って似てた?」
「…?」
 不可解な質問だった。
 先日のことから櫻のことを話題にするのは解る。それが写真のことなら、櫻についてほとんど何も知らない三佳に訊いてくるのも頷ける。でも、櫻が亨と似ているか? 追求するような話題とは思えないけど。
「あの写真を見る限りでは、双子と判るくらいには似ていたな」
「見分けがつかないくらい?」
「いや、そうでもない。気性が違うのは表情で判った」
「もし、三佳が亨に会ったら解ると思う?」
「それは…無理があるんじゃないか? 写真の子供は大人になってる、いくら面影が残っていたってどんな風に育っているか……、いや、遺伝子だけを当てにするなら櫻に似ているはずだな。でも───…、亨は子供の頃に亡くなっているんだろう?」
「どうかな」
「…司?」
 見ると、司は思索に深く沈んでいるようだった。これではおそらくチェス盤の駒の位置は彼の頭から抜けているだろう。普段はゲーム中に意識が飛ぶことなんて無いのに、なにがそんなに気になっているのだろう。
 三佳はやれやれと息を吐いて、試合を放棄した。対戦中の心地よい緊張感を解いてソファに寄っ掛かり、司の話を聞くことにした。
「例えばね」
「うん?」
「もし三佳が、身近な人たちから一時的に離れて、接触を断って、…例えば4年後に初対面を装いたいとするじゃない? その場合どう行動するべきだと思う? 必要な準備とか」
 ずいぶん話がずれた気がする。櫻と亨の話ではないのか?
「身近な人って、例えば司とか?」
「そうだね」
「嫌な例えだな」
「ごめん」
 司は苦笑する。
「思考実験…とは違うか。シミュレーションごっこだとでも思って、考えてみてくれない?」
「…」
 三佳からすれば、司や他の仲間たちと、今更、何年も離れるなどあり得ないと思う。ましてや自分から離れるなど。
「わざわざそんな面倒くさいことをする理由は?」
「その辺りは任意で」
「…まず、別れるのに理由がいるな」
「そうだね」
「適当な理由を付けるしかないか。今生の別れにするか期限を設けるか、どこまでシナリオを用意するかにも寄るけど、後者のほうが周囲を納得させやすいだろうな。他に、失踪するという手もあるか。それなら別れる理由を考える必要もなくなるし」
「うん、それから?」
「離れている間の居場所の確保。私の場合は難しいな、大人の協力者が必要になる」
「なるほど」
「それと名前。初対面を装いたいというのは、別の人間として会うということだろ? まさか4年の間に周囲の人間全員が自分の名前を忘れるということは無いだろうし、新しい名前は必要だ。すぐにバレても構わないならその場限りの偽名を名乗ればいいけど、それで済むなら4年も時間を使ってそんな大掛かりなことはしない。あとは容姿は適当に変えて、しらを切り続けられる図太さ。…といっても、何にせよあまり現実的な前提(ケース)ではないな」
「まぁ、そうだね」
 三佳はそれ以上考えるつもりはなかった。それでも司は満足したようで、笑って頷いている。そして笑みを浮かべたまま、
「たぶん篤志も、そういうことをしたんだろうな」
 と、言った。
 三佳は目を丸くする。
 一瞬で頭が熱くなった。
 司は面白そうに三佳の頭が働くのを見守っている。
(なんの、話をしていた?)
 篤志が元凶って?
 櫻はなんて言った?
 何故、写真の話から篤志の話になった?
「…篤志が……、…誰だって?」
 呟いた声が冷房で冷えている部屋に響いた。


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