キ/GM/41-50/49[1]
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■03
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史緒はビルに挟まれた歩道をふらふらと歩いていた。行く当てがあるわけじゃない。この炎天下、日陰の中では熱が和らいでも湿度が下がるわけじゃない。ただでさえ過剰運転気味の頭が茹だりそう。
それでも、家族が集まったあの部屋にいたくなかった。
(家族…?)
思わず失笑する。あまり使う機会の無かった言葉だ。
史緒がいる場所は大通りからはひとつ入っているので、路上駐車を除外すれば車は少ないほうだ。両端を高いビルに挟まれた通りは人通りが少ないわけではないが、多いわけでもない。スーツを来て颯爽と歩く人たちと通り過ぎながら、史緒は当て所無く歩いていく。
──もう少しだけ待ってくれないか
──史緒にも、言わなければならないことがある
最後に会ったとき、そう言ってた。
──俺自身、決着を付けなければならないことがあるんだ
(それが、こういうことだったの?)
動揺が収まらない。思考が冷静に働いていないことを自覚できても、気持ちを落ち着けられない。そんな状態で考えを進めるのは危険だ、冷静な判断ができるわけない、でも止まらなかった。
(亨くんは生きていた。あの桜の日に終わったわけじゃなかった)
(咲子さんが手を回して、亨くんは別の場所で生きていた。それが関谷家?)
(それが篤志!?)
それを事実だと理解できているのに混乱から立ち直れない。
亨の記憶を辿ろうとしても、鮮明なものは何ひとつ無い。それくらい過去のことだ。史緒は7歳だった。双子の兄がいて、2人とも笑っていた。櫻も笑っていた。2人に囲まれて史緒も笑う。そういう時期があったことを疑ってしまうくらい、眩暈がするくらい、今とは違う日常。
櫻のことが怖くて仕方なかったのは、亨のことを思い出してしまうから。桜の下で亨が倒れた風景を思い出してしまうから。
和成が同じ家に住むようになった。ネコを拾った。司が来て、すぐに蓮家へ渡って。
司が帰国して、少しして咲子が他界。そして。
(……篤志と初めて会った日っていつだった?)
(確か、家に来て)
廊下から司に呼びかけられてドアを開けると、そこに篤志がいた。それが始まりだった。
──はじめまして。関谷、篤志です。
人懐っこい笑顔がそこにあった。
もうずっと前だ。そんな昔から、篤志とは出会っていた。
その後、史緒は留学して、一年で帰国して、年が明けてすぐのこと、櫻が嵐の海に消えた。
同じ頃、桐生院由眞と出会う。仕事を始めることになった。一人では不安だったから、頭を下げた。篤志は一緒に来てくれた。
三佳、そして祥子と出会う。それで仕事を始めて1年が過ぎた。蘭を呼んでまた1年。健太郎が加わって、さらに1年と半分が過ぎた。
それだけの時間が流れた。それだけの時間を一緒に過ごしていたのに。
(どうして言ってくれなかったの?)
櫻が海に落ちた後、篤志も捜索に参加していたことを後になってから聞いた。「私が殺した」と言ったときも、史緒を責めなかったけれど悲しそうな顔をしていた。
篤志は最初から櫻を気に掛けていた。櫻から手酷く突き放されても、ことある毎に声を掛けていた。あの頃は、まだ知り合って間もないから、櫻の本性をよく知らないせいだと思ってた。
でも違う。篤志は櫻のことをよく知ってた。知っていて櫻を気に掛けていた。
だから櫻が行方不明になったときあんなに心配して、悲しんで。
──おまえと結婚するってのはないな
──それは絶対ない
あのときも。
──おじさんに逆らえない振りして、不承不承で従うような素振りで、期待させておいて。最後には拒否してやろう
──心配すんな。最後は丸く収まるから。絶対
──おまえは好きにやればいい
根拠の無い自信なんかじゃなかった。ちゃんと政徳を納得させる切り札を篤志は持っていた。
アダチを継ぎ、史緒と結婚しない、両方の切り札を。
だから篤志はあんな自信ありげに、大丈夫だよって。
アダチの仕事がしたいの? そう訊いた史緒に、篤志は頷いた。
──昔からずっと、そう思ってた
と。
昔っていつから? 私と会った頃? それとも、亨でいたときから?
どうして私の仕事を手伝ってくれていたの?
亨の名を捨てた関谷篤志が、アダチに近づくため? 私を利用した?
違う、篤志は私のことをちゃんと思ってくれていた。見守ってくれていて、助けてくれて。
信頼していたし、信頼してくれてると思ってた。
(だめだ)
(それだけは疑いたくないのに…っ)
はじめて失ったのは亨だった。
そのとき、誰も失いたくないと願ったのに。
(でも亨くんは生きてた)
(…馬鹿みたい)
亨が死んだことで得た誓いも、ずっと一緒にいてくれた仲間も、両方失ったような気分だった。
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