キ/GM/41-50/49[2]
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残暑が残る9月、けれど明らかに8月とは違う色の空が広がっている。秋の空の中に冬の空気を感じるような気候の日だった。
その日の夕暮れ、七瀬司は月曜館のいつもの席でいつもの紅茶を飲んでいた。杖を窓際に立てかけ、テーブルの端に組んだ手を置き、わずかに視線を落とす。いつもなら、思索にふけるとしても周囲から変に思われぬよう本でも開いているのだが今日はそんなところにも気を回せなかった。気分が上がるはずもない状況だということは自覚していた。緊張、もあるかもしれない。
それでも、テーブルに近づく足音が聞こえると、自然と本心から口端に笑みが浮かんだ。
やってきたのは、3年前、初対面で泣かれた女の子だ。
「遅くなった」
微かに上がった息で島田三佳は向かいの席に腰を下ろした。
遅れると連絡は受けていたんだから、わざわざ走ってくることはなかったのに。
「僕も今来たところだよ。バイトおつかれさま」
「で、なに? 話って」
「うん。本当はもっと早く言うべきだったけど、櫻の件でごたごたしてたからね」
と、言うと、三佳はすぐに思い当たったように沈黙を作る。
7月頃、何度も言いかけて結局言えずにいたことがあった。それを無理に訊かずにいてくれて、こうして司から切り出すまでた待っていてくれたことには本当に感謝しなければならない。どうやって話せばいいか、司自身も長く迷っていたから。
「…善くない話?」
司の様子からなにを読み取ったのか、三佳は気まずそうに呟く。
う〜ん、と、司は肩をすくめて苦笑して見せた。
「僕にとってはそうでもないはずだけど」
実際、司にとってはこの上なく有難い話だ。一応。
「じゃあ…」
「ねぇ、三佳。僕らが初めて会ったときのことを憶えてる?」
「は…?」
唐突に変わった話題に三佳はぽかんとして、
「───えっ!!? …ちょっと待て、なんだ急に!」
動転し、それをごまかすように大声を出す。照れているようだ。(泣いたから?)三佳にとっては打ち消したい過去なのかも。
反則だったかもしれない。この3年、司は三佳のそばにいたけど、あの日と、それより前の三佳について訊ねたことは、ただの一度もなかったから。
「ごめん、冷やかしたりするつもりは全然無い。ただ、あの時、三佳は泣いてたじゃない?」
「う。……、…あぁ」
「どうして泣くのかって僕が訊いたら、なんて答えたか、三佳、憶えてる?」
「え……?」
意外な質問だったのか、三佳は勢いをなくし、言葉を切る。しばらく考え込んだ。
「憶えてない」
「うん、いいんだ。気にしないで」
「なにか重要なこと?」
「いや、そうじゃないよ。少なくとも、その答え如何でこれから話す内容が変わるわけじゃないから」
そう。もうこの意志は変わらない。
ただ、あのときの答えは、司に今回の決断をもたらした。あの答えに縋ってしまった。
三佳や、他の誰にも相談せず、一人で考え、一人で決めた。それは2人の近い未来を大きく変えるものだったけど、それでも自分の中だけで悩み、選択した結果だ。その結果だけを、司は三佳に語ろうとしている。
「実はね」
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