キ/GM/41-50/49[2]
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■01
ばんっ
破壊されるようにドアが開いて、事務所にいた史緒と篤志は同時に身構える。ノックもなく開かれたドア、どんなやっかいな客かと警戒すると、
「……あら」
そこにいたのは小さな影。三佳だ。
なんだ、と息を吐く。けれど史緒はすぐに異変に気付いた。三佳の様子がおかしい。
手をノブに掛けたまま白い顔を強ばらせている。ゆがんでしまう表情を必死で抑えるように、頬が不自然に震えていた。
「どうしたの?」
「部屋で休む。声をかけないでくれ」
平静を保つ声もどこかぎこちない。
「なにかあったのか?」
「なにも」
篤志の問いにも短く答えて三佳はドアを閉めた。その向こうに遠ざかる足音。けれど、すぐにその足音は戻ってきて、またドアを開けた。
「篤志っ、時間あるなら史緒に夕食を食べさせていってくれ」
そして返事を待たずにまたドアをしめる。今度は足音は階段を上り、上階に消えていった。
事務所にはその余韻が残る。後を追って事情を聞いたほうがいいか迷っていた史緒、その横顔を篤志は睨みつけた。
「まだ三佳にそんな心配させてるのか」
「…っ」
史緒は勢いよく首を横に降る。篤志の説教が始まろうとしたところで、また、今度は控えめなノックがあり、ドアが開かれた。
入ってきたのは司だった。
* * *
阿達家のお家騒動からひと月。一時の混乱はあったものの、多方面への事情説明もおおむね終わり、やっと落ち着きを取り戻したところだ。
司にとっては他人事とはいえ、直後は本当に慌ただしかった。篤志だけでなく櫻のことも含めれば全体を把握している者など一人もいないし、話をまとめようにも何分多忙な人間が多い。合間を縫って、ようやく行われた会合には、阿達の3人、関谷の3人(篤志含む)、阿達咲子の父親である新居誠志郎、アダチの幹部と、それから蓮晋一も来たようだ。さらに、それとは別に、篤志を含む阿達家とノエル・エヴァンズらの集まりもあったらしい。櫻は今までの生活を変えるつもりは無く、ノエルの仕事が終わったら、また日本を離れるのだという。
一方、篤志は、史緒との婚約を解消した後、改めてアダチに入る意志があることを示した。史緒もそれを理解しているし、阿達政徳も「関谷篤志が使えるようなら跡取りとして育てる」と発言。アダチ幹部から異論が無いわけでもなかったが、史緒と婚約した3年前からその話はあったし、これからの篤志の働き次第で納得させられるだろう。しばらくは兼業。少しずつアダチの仕事のほうへ移行するという。
「一番狸だったのは篤志だったわけか」
と、からかうと、
「狐に言われたくない」
と、返された。
篤志の正体については、当然、A.CO.の面々も知ることになった。
それぞれ驚いてはいたものの、納得するのは異様に早く、逆に当事者である篤志と史緒を驚かせていた。
「あ。なんか納得」
と、手を打ったのは祥子で、
「親戚も兄妹も変わらねーだろ」
と、意外性の無さに溜め息を吐く健太郎。
蘭は最初から知っていた。
一番、動揺していたのは三佳かもしれない。
「茶番に巻き込むな」
と、怒っていたけど、つまり「余計な心配して損した」という意味だ。
そして、
司はというと、一連のなりゆきを面白く思ってはいなかった。
* * *
司が事務所に戻ると、室内には史緒と篤志がいた。
事務所でこの2人が一緒にいるのは久しぶりのような気がする。あの騒動の前、篤志はアダチに出入りするようになり、こちらには顔を出していなかったので。
(…はぁ)
余裕の無いこの状況のときに「癪の種」である2人を前にして、どっと疲労が積もる。司は溜め息を抑えるのに労力を使わなければならなかった。最近思考を煩わせている事柄のひとつであるが、それは史緒や篤志のせいじゃない。己の性格に問題があることは自覚していた。
阿達政徳と史緒、そして櫻が、いとも簡単に「関谷篤志」を受け入れたこと。そして、結局、史緒と篤志は以前と同じような関係を取り戻していること。───司が面白くないのはそこだった。
10年以上前に死んだと思われていた家族が突然名乗りをあげた。それは何食わぬ顔で何年も一緒にいた仲間だった。
どう言い訳しても、それは周囲を欺いていたということだろう?
もっと揉めると思っていた。最悪は史緒と篤志の訣別、良くても信頼関係が揺らぐだろうと思っていた。篤志への不信で政徳と史緒に連携が生まれるとか、他の仲間を巻き込んでの対立になるか、とまで想定していたのに。
予想を遥かに超えて事態が丸く収まったことに、司は面白くない。
昔から阿達一家に問題が山積みだったのは居候していた司もよく知っている。史緒と政徳の関係、史緒と櫻の関係、そしてその原因である篤志と亨。
それが、篤志の正体が知れただけで緩和するなど、司から見ればおかしくてしょうがない。確かに、アダチの後継問題や2人の婚約の話は収束するだろう。けれど、わだかまりは残らないのか? そんな簡単に打ち解けられるのか? この先、同じように一緒にいられるのか?
文句を言いたいわけじゃない。ただ、司の思考を越えた関係が目の前にあることが気に障るだけだ。
勿論、口にはしない。態度にも表さない。
今、司が抱えている問題は他にある。
「三佳は?」
室内に三佳がいないことは判っている。史緒と篤志に向かって訊ねると、
「部屋で休む、って上がっていったけど。…なにかあったの?」
と、不安そうな声が返った。
「うん、まぁね」
史緒にそう言わせるだけの態度を三佳がとっていたのだろう。そうさせたのは自分だと思うと気が重くなる。
(でも、もう戻れない)
今、ここに篤志がいるのは却って都合が良い。
「2人にも聞いて欲しいんだけど、今、時間ある?」
ついさっき三佳に話したことと同じことを史緒と篤志に話す。
薄情と思われるか冷たいと思われるか。そのとおり、それが自分の性格なのだろう。
今はもうそうではないと知っているけれど、他人が司(たにん)のことを親身になって考えると、司は理解できない。親身になって意見して欲しくもない。だから相談しなかった。
自分で選んだ別離だ。
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