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 同日、夜10時。
 月曜館の店先に、食事兼飲み会を終えて外に出てきたA.CO.の面々があった。
「うぉ、もうこんな時間か」
「三佳も来れば良かったのにね」
 先程まで店内で賑やかにしていた余韻を引きずって、夜の歩道でなんとなく会話が続いてしまう。
 今日、夕方、司が事務所に顔を出すと大騒ぎになり、そのまま月曜館に移動し飲み会に突入したというわけだった。途中、仕事を終えた篤志も合流し、4年ぶりに全員揃ったことを喜び合う。蘭が、事務所のロッカーにしまっておいたという昔の写真を引っ張り出してきて、懐かしい写真を見ながら盛り上がった。思い出話やそれぞれの現状を話しているうちに、結局、こんな時間になってしまった。
 ただ一人、三佳は来ていない。夕方、司と帰ってくると同時に部屋に篭もってしまった。
「酔っぱらいの相手はやだ、とか言ってたよ」
「テスト前らしいし」
「でも、せっかく司さんが帰ってきたのにー」
「司は今日どーすんの?」
「アパートの契約が決まるまでは史緒のとこにいるつもり」
「部屋は余ってるんだからそのままいてもいいのに」
「やだよ」
「……必要以上にきっぱり言わないで」
「おい、ケン。酒飲んだんだから、バイクはやめろよ」
「わーってます。こいつら送ってったら電車で帰るよ。バイク、屋根の下に入れといて」
「おぅ」
「そーなの、あたしは祥子さんちにお泊まりでーす。司さん、明日も写真持ってくるから、見てくださいねっ」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、おやすみなさーい」
「司ー、またなー」
 祥子の家へ向かう3人と、事務所へ向かう3人は手を振って別れ、夜の通りで解散となった。





 二次会というわけではないが、司と篤志はA.CO.の事務所で、机を挟んでお茶を飲んでいた。一緒に帰ってきた史緒は今は席を外している。篤志は事務所に寄る理由を酔い覚ましだと言ったが、史緒に話もあるようだった。
 司は蘭がくれたアルバムを広げて熱心に見ていた。
 写真の中には司自身もいる。けれど、その写真が見せる景色は、司が見ることができなかったものだ。髪が長い史緒、それから篤志。制服を着ている健太郎と蘭、もう少し遡った写真では祥子もそうだ。どれも、今より面立ちが若い。そして幼いとしか形容できない小柄な三佳。その隣りにいる自分。
 事務所や外の風景、その中に、あたりまえのように司も写っているのに、写っている自分は、写っている景色を見ることができなかった。
 見えなかった景色の中に自分が写っているのは不思議な感覚だった。
「おもしろいか?」
 と、篤志が覗き込んでくる。
 篤志は、今、仕事はアダチ一本らしい。だいぶ慣れたらしいが、梶に怒られたりもしているという。
 写真の感想を、司は少し迷ってから言った。
「眩暈がする」
「なんだそれ」
 真剣に答えたからか、篤志は訝しむ。それでも司は真面目に、写真を見ながら答えた。
「部屋の中も人のかたちも、僕が頭の中で描いていたものとはまったく違うから」
「どんなのを描いてたんだ?」
「それを、視力がある人に説明するのは難しい。生まれつき見えない人に世界を描写するのと同じだ」
「でも、司の場合、ずっと昔は見えてたんだから、視覚情報がどんなものかは知ってたはずだろ?」
「そのはずなんだけど。でも、見えなくなってる間に、視力以外の入力だけで最適なかたちになるよう、頭の回路が変わっちゃったんだろうね。──また見えるようになって、それを矯正するのにも苦労したんだよ、これでも」
「矯正…って、どれくらい掛かった?」
「少しずつだったから何とも。でも、1年半くらい。──可笑しいんだけど、“見える”ってことを、なかなか理解できないんだよね。例えば、そこに椅子がある。光が反射してその形がわかる。輪郭もはっきり見えてる。でも、それが椅子だと認識できない。『そこの椅子に座って』『え? どれ?』…真面目にこういうやりとりがある。最初はパニック起こしかけたよ」
 おどけて言ってみせたので篤志は小さく声をあげて笑った。
「いや、でもね、最初は大変だった。見えるようになったって、眼帯が外せるのは一日30分だけ。その30分の後、頭痛が収まらないから何の後遺症かと思ったら、単に眩しいんだって、医者に言われてやっと気付いた。夜でも眩しい。先が思いやられたよ。すぐに慣れたけど」
「はぁ」
 関心したように篤志は息を吐いた。
 そのとき、史緒が事務所に戻ってきた。
「客間、使えるようにしてきたわ。なにか入り用だったら言って」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 史緒は自分のぶんのお茶を淹れて、篤志の隣りに座る。史緒も、司が見ていたアルバムを覗き込んで、写真の説明をしたり、司に意見を求めたりした。
「そういえば櫻はどうしてるの?」
「あいかわらずよ。ノエルがくれるメールで、どうにか居場所は判ってるけど、本人が何をしてるかはさっぱり」
 櫻が長く日本を離れていたことを考えれば当然だが、写真の中に彼の姿は無い。機会があったとしても写りたがらないだろうけど。でも、櫻はともかく、ノエルの顔は見ておきたかったな──かつて対面した、櫻の連れというには意外で特異な人物について、司は思った。
 そうそう、と史緒が声を上げる。
「少し前、結婚するしないでもめてたみたいよ、あの2人」
「へぇ」
「続報が無いってことは現状維持なんだろうけど」
「まぁ、実際、結婚が決まったらノエルが静かにしてるとは思えないし…」
 どうやら、櫻は今でもノエルに振り回されているらしい。ノエルの気性を思い出して司も笑った。

 4年前から変わらないもの。4年前から変わらずにあるもの。良いも悪いも、望むも望まざるも、これから司は直面していくのだろう。
 心配はあるけど不安は無かった。4年という時間を超えて、この手で守れたものがあったこと、それが支えとなるから。


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